其ノ七 月影

 日が沈んだばかりの夕闇の中、提灯ちょうちんを片手に持った安子様は、川沿いの道をお急ぎになられます。静寂の中に虫のだけが賑やかで、小径こみちすすきの穂が垂れ込めて来るのを、もう片方の御手おてで時折掻き分けながら、背後から見守る神無月かんなづき(10月)の大きな満月と、提灯ちょうちんが作り出したご自分の影が川原を進んで行くのが御目おめに入りました。


「ああ、当たり前だけれど、おなかの大きい影だわねえ。」


 普段から鏡など見る余裕もなく、ただ無我夢中で家族の為に立ち働いて来た安子様は、その影の形を客観的に目にして初めて、夜分やぶんにこの様な大きなおなかを抱えた女人にょにんが一人で道を急いでいる事に、一抹いちまつの不自然さを感じたので御座います。


「まあ、考えてもせんの無い事。先を急ぎましょう。」


 安子様は、頭の中に湧き上がった不安感を振り払うと、夜の川に映る満月の明かりを頼りにを進め、橋の近くまで来た時、橋の上に二つの見知った人影が有るのが目に入り、少しほっとされながら、お声をかけられました。


常磐井ときわい様、おりんさん、今晩は。」


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