第六章 提灯

其ノ一 干し鯖

「あいよ、奥さん。干しさば、おまけして十文じゅうもん(約320円)。いや、今日はもうしまいだから、こっちのいわしの丸干しもつけとくよ。」


 安子様は家の近くに棒手振ぼてふり(行商人)を止めて、旬の油の乗った一夜干しの鯖を手に入れられました。

「ほんに、身が厚くて、油の乗った良い鯖だこと。」


 神無月かんなづき(10月)の夕刻、秋の高い空には、鱗雲うろこぐも茜色あかねいろの夕焼けが山のに向かい、少しずつ紫がかって行くのが大変美しく、安子様は花子様のお手を引きながら、少し足を止めてそれを眺めてからご自宅の屋敷へと向かわれました。


「あら、あなた。本日はお早いお帰りですね。」


 安子様は門に入る少し手前で、後ろから御夫君ごふくんが歩いて来られたのにお気付きになられました。

「おお、安子、花子もか。本日はおもて(会社)が早上がりでね。おう、何か美味うまそうな物を持っているじゃないか。」


 御夫君ごふくんは珍しく上機嫌で、安子様がお手に持っていらっしゃる干し鯖の袋を指差すと、この様に仰いました。

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