其ノ十六 脇息

 安子様は書き損じが無いよう、文机ふづくえ文鎮ぶんちんでしっかりと貴重な蝋原紙ろうげんしを固定し、お座りの座椅子の右横にある脇息きょうそくに肘をしっかり乗せて固定し、集中して窺書うかがいしょ(アンケート)を書き続けられ、ようやっと文面最後の方の、御芳名ごほうめい欄の上の『御推挙ごすいきょ奉り候』の所まで書き終えようとしておられました。


 ちょうどその時に御座います。


「花ちゃん、お母様のところへ行くう。」

 と花子様がむずかられ、常磐井ときわい様は懸命になだめておりましたが、ついに花子様は常磐井ときわい様の腕を振り切って、安子様の元へ駆け出されたので御座います。


「お母様だけずるい。花ちゃんもお絵描きするの!」

 一瞬の間隙かんげきを縫って、花子様は脇息きょうそくの上に着けた安子様の右肘みぎひじをぐいと押されたのでした。


「あ、蝋紙ろうがみが!」


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