其ノ七 御内儀

 ここのはん(午後1時)の鐘が鳴り、御吟味方ごぎんみがたの会合が始まる刻限こくげんとなりました。


方々かたがた、御静粛に。」

 御広座敷おひろざしき(多目的室)の前方には、進行役をお勤めになるおでん方様かたさまを始め、御吟味方ごぎんみがたの御三役がいらっしゃいます。


 本日のおでん方様かたさまのお召し物は、さすがに初顔見世はつかおみせの時分ほど気合がお入りではないものの、夏らしい粋で高価な絹ののお着物に襟は白綸子しろりんず、頭は丸髷まるまげを結い上げて高価な鼈甲べっこうくしかんざしを髪にあしらっていらっしゃいます。


 入り口近くの下座しもざの、安子様と常磐井ときわい様の隣に座っていらっしゃったおりんさんが、囁き声でこんな事を仰います。

流石さすがはおでん方様かたさま大店おおだな御内儀ごないぎ(奥様)の格好には品ってもんが有るねえ。」


 それをお聞きになって安子様は、

「お静かになさらないと、聞こえてしまいますわよ。」

 と、おりんさんを小声でご制止なさいました。


 その時、その御声にお気付きになられたおでん方様かたさまが、

「んおほん、そこ、私語はお慎み下さるように。

 そうそう、そちらは御右筆ごゆうひつ(書記)の牧野様でしたね。此度こたびの御会合の御留おとき(議事録)を宜しくお願い致しますね。」


 安子様は急な名指しのお声がけに畏まって、慌てて紙と細筆をお出しになり、御留おとき(議事録)の御準備を始められました。

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