其ノ五 懐紙

「ああ、採れた、採れた。難儀なんぎしたねえ。」

 先程の気風きっぷの良いおなごは、安子様に手渡された木の枝を使って、ようやっと御目当ての柘榴ざくろの実を落とす事がお出来になられたご様子でした。


「さあて、ちょいと頂いて見ましょうかね」

 そのおなごが、柘榴ざくろの実の赤朽葉あかくちば色の皮の間に少し空いた割れ目から覗く、深緋こきあけ色の光る粒にかぶり付くと、

「わ、酸っぱ! これは食べられたものじゃあ無いねえ。この時期の柘榴ざくろは、まだ熟し切っちゃあ居ないんだ。まあ、持って帰って煮こみゃあ何とかなるか。一つ頂いて帰ろうかね。」


 そう仰って柘榴ざくろの実を、直接ふところに入れて持ち帰ろうとなさいましたので、その様子をご覧になった安子様は、ふところから懐紙かいしを一枚取り出され、

「実の汁でころもが染まってしまいますわ。もし良かったらお使い下さい。」

 と仰って、そのおなごに手渡されました。


「あんた気が利くじゃあないか。有り難く使わせていただくよ。

 おっといけない。あたいは野暮用やぼようがあって急いで居るんだった。」

 そう仰って、そのおなごは慌ただしく何処かへ駆け出して行かれました。


 安子様はそのおなごの勢いの良さに少し呆気あっけに取られながらその背中を見送っていらっしゃいますと、山門の所に常磐井ときわい様の御姿をお見かけ致しました。笑顔で近づいていらっしゃる常磐井ときわい様に会釈えしゃく致しますと、安子様はお尋ねになりました。


「今のお方、常磐井ときわい様はご存知でいらっしゃいますか?」


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