其ノ四 唐桟縞

 安子様と花子様が釣瓶桶つるべおけから清水しみずを一杯頂いて一息ついておりますと、山門さんもんの方から、威勢の良いおなごのお声が聞こえて参りました。


「ああら? 柘榴ざくろが割れて来ているじゃあないか。一つ頂いて見ましょうかね?」


 安子様が振り返ると、髪は簡単に上に一つに結い上げただけで、身なりは茶の木綿の唐桟縞とうざんじま小袖こそでを広めにえりを開けて着付け、帯は当世庶民の間で流行りの濃い色のものを尻の辺りまで広く巻き付け、着物のすそ端折はしょって動き良い格好をした元気の良いおなごが、山門脇さんもんわき柘榴ざくろの木の下まで駆け込んで参りました。


 そのおなごは、懸命に手を伸ばして、六尺(約1.8メートル)程の高さにある、少し割れて赤い粒々が顔を出している柘榴ざくろの実を取ろうとしていらっしゃいます。


嗚呼ああ、手が届きそうで中々取れないもんだねえ。丁度いい、ちょっとそこのあんた、その井戸の裏手に落ちて居る木の枝を取って貰えないかい?」


 初めて話すとは思えぬ親しさで、いきなり声を掛けられた安子様は、少し戸惑いながらもそのおなごの言う通り、落ちている三尺(約1メートル)程の長さの木の枝を拾って渡して差し上げてたので御座います。


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