其ノ二十三 脳裏

初島はつしま、ああ、初島はつしま

 本日は誠に、花子を助けて下すって。お礼の言葉も御座いません。あの時あなたがいらして下さら無かったら、今ごろ……。」

 奥方様おくがたさまはお体を前のめりにして、弱い御足元おあしもと故、転びそうになりながら初島はつしま様の両手を取って謝辞を仰いました。


奥方様おくがたさま。滅相もない事にございます。御直りになって。」

 初島はつしま様はこう仰って奥方様おくがたさまを御支えになりました。


 初島はつしま様を客間に通されますと、奥方様おくがたさまはこう仰いました。

「そうそう、初島はつしま、美味しい和菓子が有るのですよ。持って来ましょうね。」

 奥方様おくがたさまがゆったりとした所作で立ち上がろうとなさると、

「いいえ、そんな事なら私が。」

 と、初島はつしま様がひざを上げようとなさいます。

「良いんですよ、本日は大いに助けられましたもの。まあまあ、そこに座ってらっしゃいな。」


 奥方様おくがたさまが強く仰るので、初島はつしま様は奥方様おくがたさまくりやにお立ちになる御背中を見守っていらっしゃいました。

 初島はつしま様の脳裏には、「銭を入れた朱色の燧袋ひうちぶくろは、確かに水屋箪笥みずやだんす片開かたびらき戸に有った筈ですよ!」と、物凄い剣幕で盗みを疑い、暇を出されたあの日の奥方様おくがたさまのご様子が焼き付いておりましたので、本日の奥方様おくがたさまは、その時とは全くの別人の如く、まるで以前の様な穏やかでお優しかった奥方様おくがたさまだわ、とお思いになりました。

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