其ノ十九 一礼

 その花子様の愛らしい姿をご覧になり、流石さすが赤鬼あかおに先生も相好そうごうを崩して目を細められ、こう仰いました。

「おうおう、姫様が自分で起き上がれる様になったな。まあそろそろ、ちったあ動かしても大丈夫そうだ。じじいのお説教もこの辺にしとくから、おぶって家にお帰んなさい。」


「先生、常磐井ときわい様。本日は誠に、誠に有難う御座いました。」

 安子様がお二人に深々と頭をお下げになると、赤鬼あかおに先生はこう付け足されました。

「お母さん、まだまだ様子見ようすみの状態だよ。明日は一日、安静にする様に。しっかり着いててやんなさい。」


「はい。分かりました。」

 安子様はこう仰って、ご夫君ふくんと共に再び深く一礼なさると、夫婦で目で合図をし合いながら、醫院いいんに来た時、初島はつしま様が着けて居たひもで、優しい手つきでご夫君ふくんの背中に花子様を括り付けると、太郎君たろうぎみの御名をお呼びになりました。


「太郎、帰りますよ。」

「はい!」

 と太郎君たろうぎみが元気にお返事なさると、長い本日一日、ようやっとほっとしたと言う表情で、安子様の左手に御自分の右手を重ね合わせたので御座います。

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