其ノ十八 衝立

 安子様の御夫君ごふくんは、赤鬼あかおに先生の迫力に気押けおされて、ただ黙り込んでしまわれました。

「子守ぐらいならってな、舐めて貰っちゃ困るんだ。さっき奥さんにも話したが、昔から子供ってもんは『七つ前は神のうち』って言って、本当に手も掛かるし、目も離せねえもんなんだ。子供をってのは、ただぼおっと視界に入れとく事じゃねえ。怪我しねえ様にしっかり見張る事なんだ。それを母親たちは、四六時中休まず全力でやってる。何か家事をしながらでも、頭のどっかで子供の動きを必ず意識してる。常に真剣勝負、それが子守ってえもんなんだ、分かるか?

 子守、ってお前さんどの口でそんな事が言えるんだい?」


 赤鬼節あかおにぶしの炸裂に、安子様の御夫君ごふくんは流石に項垂うなだれるより他なく、一同のあいだにしばしの沈黙が流れたのでした。


 そんな時に御座います。

「おかあたま? おとうたま? おうち。おうち、かえりたい。」

 まだよちよち歩きの上、病み上がりで少しふらつきながら、数え三つ(2歳)の花子様が、衝立ついたての脇から診察室の方に、ちょこんと小さなお顔をお出しになりました。


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