其ノ二十 応援歌

 ようやっと御家族四人が揃い、常磐井ときわい医院から安子様の屋敷へ帰るまでの道中、話題は明日の御鷹狩おたかがり(運動会)の事に成りました。


「太郎、常磐井ときわい先生が仰る様に、私は家で花子を見なければ成りませんので、残念ですが、明日の御鷹狩おたかがり(運動会)を見に行く事が出来ません。本当に御免なさいね。」

 安子様が申し訳無さそうにこう仰ると、太郎君たろうぎみは、

「花子がこの様な事になってしまったのだから、仕方が有りません。お母様がご無理であれば、お父様は?」

 太郎君たろうぎみが振り返って御父君おちちぎみを見上げました。


「すまんな、太郎、わしも明日はおもて(会社)の仕事が合って、見に行く事は叶わない。」

 御父君おちちぎみの答えを何となく予想して居た太郎君たろうぎみは、

「分かりました。私は一人でも大丈夫です!」

 と、から元気でお答えになると、御自身の残念なお気持ちを隠すかの様に、元気よく明日の御鷹狩おたかがり(運動会)の白組応援歌を歌い始めました。


 その歌を聴きながら安子様は、ああ、せっかく本日寺子屋で骨折って、この御鷹狩おたかがり(運動会)の御準備を致しましたのに、肝心の明日の当日、太郎の晴れ姿を見る事が叶わないなんて、何と残念な事でしょう、とお思いになられました。


「ところで太郎、本日、常磐井ときわい様の所のお兄様が、三年の鷹匠頭たかしょうがしら(リレーの選手)に選ばれなすったと仰って居ましたが、一年の鷹匠頭たかしょうがしら(リレーの選手)はどなたが?」

 と、安子様が太郎君たろうぎみにお尋ねになると、太郎君たろうぎみは、

「ああそれね。実は私も鷹匠頭たかしょうがしら(リレーの選手)に選ばれて居ます。でもいいんだ。大丈夫、ちゃんと励みまする故。」


 安子様は太郎君たろうぎみが、本当は御自分の走る姿を私に見て貰いたいのに、痩せ我慢をしてこのように申して居るに違いないと思うと、健気さに胸が締め付けられる様な思いで歩みを進めておいででした。

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