其ノ十四 無患子

 その時、

「ただいま。母ちゃん、何かおやつは?」

 と、元気の良い声がして、よわい九つくらいの子子こごが、醫院いいんの正面入口から診察室に入って参りました。


健太郎けんたろう! こんな時分まで何処へ行ってたの。あと、御勝手口おかってぐちから入って来なさいと何度も言っているでしょう? 患者様がいらっしゃるのですよ。いつも言っている様に、帰ったら先ず手を洗うのですよ。無患子むくろじの石鹸できちんとね。」

 看病中間かんびょうちゅうげん(看護師)姿の常磐井ときわい様は、母らしい小言を言いながら、上の息子の健太郎君けんたろうぎみを迎えました。


「はあい。明日の鷹狩りで三年の鷹匠頭たかしょうがしら(リレーの選手)に選ばれちまったから、皆と秘密特訓してたんだ。」

 と頭をぽりぽりお掻きになりながら、健太郎君けんたろうぎみは深刻そうな大人の話に興味深々のご様子でした。


「して、先生。主人は何処いずこに?」

 安子様がお話を元に戻すと、赤鬼あかおに先生はこうお答えになりました。


「そうそう、牧野のせがれの話だったな。いやあのなんだ、あいつならこの時分は大概、遊技場ゆうぎじょう(パチンコ屋)に居るんじゃあ無いかな。そういやあ、先週もあすこで見かけたもんでさ。」



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