其ノ十三 座椅子

  花子様はお水を飲まれて落ち着かれたのか、すやすや眠っておしまいになりましたので、大人方おとながた太郎君たろうぎみは、赤鬼あかおに先生の居られる診察室にお集まりになりました。


初島はつしま様、本日は大変お世話になりました。あなたは花子の命の恩人で御座います。お礼の言葉も御座いません。」

 安子様が目に涙をお溜めになり、初島はつしま様にお礼を申し上げますと、初島はつしま様は、

「いいえ。当然の事をしたまでです。お母様もいらして、花子ちゃんも少し落ち着かれた様で良かった。そうそう、そろそろ牧野の奥方様おくがたさまの所へ参らなければ。青梅あおうめの騒動で気が動転されてお倒れになられて、屋敷でお休みになっていらっしゃるので。」

 と、心配そうに仰いました。


「お義母様かあさまの事なら、嫁の私が。」

 と、安子様が仰ると、

「いいえ。お母様が花子ちゃんに付いて居なくてどうするの。ここは私にお任せ下さい。では参りますね。」

 初島はつしま様は頼もしい笑顔で安子様にこう仰ると、木戸を開けて診察室をお出になられました。


「いやあ、ちったあ落ち着いた様で良かった良かった。もうしばらくして歩ける様になったら家に戻っても良いから。しかしまあ何だ、このぐらいの子は、きちんとは歩かねえから、おぶって帰ると良い。明日は何処にも出さねえで、じっと寝かせとくんだよ。水分はまめに良くんなさい。柔らかいもんで食べたがる物から少しずつ食べさせて。」

 良く使い込んで手摺てすりの擦り切れた座椅子ざいすにお掛けになって居らっしゃる赤鬼あかおに先生が、こう仰いました。


「ああそうだ、あんた牧野さんの奥さんだよね。牧野のせがれなら、今時分なら多分あれだ、あすこに居るはずだ。」


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