其ノ九 倅

 初島はつしま様は赤鬼あかおに先生の質問に、こうお答えになりました。

「私は、三丁目の牧野まきの様の奥方様おくがたさまのお屋敷で女中をしていた者に御座います。本日昼前ごろ、奥方様おくがたさまの所へお邪魔した際に、奥方様おくがたさまおのこのお孫さん、この女子おなごのお孫さんのお三人で留守番をされていらっしゃいました。」


 赤鬼あかおに先生は、医者らしい淡々とした口調でこう返されます。

「ほう。そうなの。で、お母さんお父さんは、今日はお子さん方をおばあちゃんに預けてお出掛けってえ事かい?」


 初島はつしま様は、戸惑いながら赤鬼あかおに先生にお答え申し上げます。

「えっ、いいえそれが……。上のおのこのお話しだと、お母君ははぎみは本日、寺子屋のやむを得ないお手伝いに出掛けておいででして、この子らのお父君ちちぎみに子守を頼んでご出立しゅったつされたように御座います。それがどういう訳か、私が奥方様おくがたさまの屋敷に参った時には、このお嬢さんが梅を齧って泣いておりまして。でもその時にはお父君ちちぎみの姿は見当たらず、奥方様おくがたさま、いえこの子のおばあさまが、気が動転して倒れ込んでしまい、代わりに私が此処ここへお連れしたと言う次第に御座います。」


 赤鬼あかおに先生は、それを聞いてこう仰いました。

「ふうん……。三丁目の牧野、牧野さんねえ……。」


 しばらくお考えになられると、赤鬼あかおに先生は何かを思い出されてこう仰いました。

「ああ、やっと思い出した、あいつか! あの牧野のせがれ!」

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