其ノ三 青梅

 その時に御座います。門前の前栽せんざいの物陰から、大きな声が聞こえましたのは。


「花子! 花ちゃん、どうしたのです!」

 初島はつしま様は、すぐにそのお声が奥方おくがた様のものだと分かりました。

 と同時に、小さな子がうめく様な泣き声も聞こえて参りましたので、初島はつしま様は慌てて屋敷のお庭に駆け込んだので御座います。


 太郎君たろうぎみもその叫び声を聞いて、縁側で読んでいらっしゃった御本を投げ出し、梅の木の下でうめき声を上げている数え三つ(2歳)の妹の元へ駆けつけました。


 奥方様おくがたさまは、初島はつしま様の姿をお目に留められると、

「は、初島はつしま。花子が、花子が青い梅を。うめを。」

 と、搾り出すようにそれだけ仰り、身も世もないご様子で、泣きながらその場に座り込んでおしまいになりました。


 初島はつしま様が、梅の木の下で倒れ込んでいらっしゃる花子様をご覧になると、小さい子供の歯形が付いた青い梅の実が、その足元に転がって居るのが目に入って来たので御座います。



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