其ノニ 決意

 初島はつしま様が勇気を出してここまで歩みを進めて来られたのは、昨日奥方様おくがたさまのご子息の奥様でいらっしゃる安子様が、わざわざ下町の仮住まいの長屋にまで訪ねて来て下さり、初島はつしま様の背中をお押しになって下さった事も、大きな理由の一つでしょう。


 そうだ、安子様も私が盗んだ筈がないと仰って下さっている。もし、自分の心にやましい所が無いのならば、奥方様おくがたさまは話せば必ずお分かりになって下さる筈。


 今は草葉の影にいらっしゃる私の祖母や母は、奥方様おくがたさまが幼い頃より御仕えしており、奥方様おくがたさまが牧野家にお嫁入りする時分にも付き添って共に参った間柄あいだがら。手塩にかけてお世話申し上げ、武家の奥方様おくがたさまとしてこれ程申し分ないお方は滅多に居りますまい、と事ある毎に奥方様おくがたさまを褒め奉っておりましたし、わたくし初島はつしま自身もこちらにて御奉公出来る事を、長年誇りに思って参りました。


 叶うことなら以前同様、奥方様おくがたさまの元で奉公させて頂きたい、もしそれが許されないにせよ、せめて金子きんすを盗んだと言う誤解だけでも解いて置かなければ、奥方様おくがたさま一筋に仕えて来た祖母にも母にも申し訳が立つまい。


 初島はつしま様はあれこれと思いを巡らせながら、唐傘からかさにぱらぱらと小雨が落ちる中、奥方様おくがたさまのお屋敷の門前まで辿り着かれたので御座います。

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