其ノ四 座布団

「花子様! 大事ございませぬか?」

 初島はつしま様はそう仰ると、これは恐らく花子様が青い梅の実を誤って食してしまったのではないかと見て取り、泣きじゃくる花子様のお口に御自分の指を入れ、取り敢えず口の中に入って居るものをお吐かせになりました。


 ああ、どうしよう? 初島はつしま様は動揺でいったん頭の中が真っ白になりました。

 ああそうだ、確か橋向こうに稚児医者ちごいしゃ(小児科医院)が御座いました筈。こうしてはいられますまい。そうだ、奥方様は?


 初島はつしま様は、花子様を膝に抱き、そのお口に指を入れたまま、その横で呆然と立ち尽くしていた七つの太郎君たろうぎみにお声をかけられました。


「急ぎ、押し入れにある座布団を二、三枚出して敷くのです。分かりますか?」

 初島はつしま様は、座布団がしまわれて居る押し入れを目線で指し示すと、太郎君たろうぎみはこくりと頷き、押し入れに走って行って座布団を三枚取り出し、縁側近くの和室に並べました。


「有り難う。あと、押し入れにある紐も、取って来られますか?」

 初島はつしま様がお願いすると、太郎君たろうぎみは 、

「はい。」

 と怯えた様な声でお答えし、押し入れから着付けの紐を2本取って参りました。


 初島はつしま様は太郎君たろうぎみから紐を受け取ると、それをおぶひも代わりにして、ご自分の背中に花子様を結えつけると、そのまま立ち上がり、ご自身のどこにその様なお力が隠されていたのかと思う程に力強く、倒れ込んでいる奥方様おくがたさまを抱き抱え、先程太郎君たろうぎみがお敷きになった座布団に、そっとお寝かせになりました。



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