其ノ五 菓子切り

 奥方様はお答えになります。

「ああ、あの梅の木ね。あれは昨日、竹丸たけまるが実を転がして遊んでいたら、誤ってしょくしそうになったのですよ。青い梅は、人も犬も食べるとあたると申しますのに。」


 竹丸? 犬? 昨日? 安子様は不思議に思われました。確かご夫君ふくんのお話しでは、幼い頃に竹丸たけまると言う名の黒犬を飼っていたとは伺っておりましたが、お義母かあ様は今は御犬は飼われていらっしゃらぬ筈。それが昨日、悪戯いたづらをしたとは如何いかに? 御心にふつふつと湧き上がる疑問符の雲を払われながら、安子様は菓子盆かしぼんに置かれた愛らしい和菓子の事に話を向けられました。


「お義母かあ様、何と愛らしい練り切りに御座いましょう。」


「そう? 今日は花子ちゃまがいらっしゃると伺って、可愛らしいのを用意しましたのよ。」

 お小さい花子様は、桃色に、芯の辺りが淡い黄色に染めてある梅型の練り切りを、今か今かと頂きたそうに眺めておりました。


「あ、そうそう。菓子切かしぎり(和菓子用フォーク)を用意するのを忘れておりました。」

 奥方様はそうおっしゃると、

「それならば、私が取りに行きましょう。」

 と、安子様はお腰を上げられます。


「あら、悪いわねえ。ではお願いして良いかしら。水屋箪笥みずやだんすの右側の引き出しに入って居るから、取ってきて頂けると助かるわ。」




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