其ノ四 水屋箪笥

 奥方様の所で長年奉公して居るお女中は名を初島はつしまと言い、大変働き者で気回しの効く得難えがたいお女中なのですよと、奥方様は常日頃から御自慢のご様子でした。ところが奥方様はこの時、意外なお話を安子様に切り出されたので御座います。


「まあ、聞いて下さいませ。それが、先頃大変な事が起きたのですよ。初島はつしまが、水屋箪笥みずやだんす片開かたびらにしまってあったぜにを盗んだのです。朱色しゅいろ燧袋ひうちぶくろに、確かに入れて置いたのに。」 


 まさか、と安子様は一瞬ご自分の耳をお疑いになりました。お女中の初島はつしま様と言えば、代々奥方様に仕えて居るおいえの出で有る上、安子様がじかにお会いした時の印象も、大変実直なお方とお見受けされました。その初島はつしま様が、万に一つも銭を盗むなどと言うことをなさるだろうか?


 奥方様はお続けになります。


「まあ、初島はつしまにも色々御言い分が有るのでしょうが、この様な次第になったからには、もう暇を取らせるしか無いと思いましてね。」


 何かおかしい。お義母かあ様の仰る事が全て確かなのだろうか? これは初島はつしま様の方にも話を聞かねば本当の所は分からないのでは? 心の中ではそうお疑いになった安子様でしたが、実の母娘おやこでもない上、たまにお会いするだけの間柄、ここは深く話を掘り下げぬ方がと思い、努めて話題をお変えになりました。


「ところでお義母かあ様、先程お庭を拝見させていただきました。今、青い実の成っているあの梅の木、早春には大変見事な花を咲かせたものに御座いましょうね。」

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