其ノ三 芍薬

 奥方様は縁側近くで立花りっかを生けていらっしゃる処にございました。華道師範の腕前を持つ奥方様でしたが、本日ははさみが上手く使えていらっしゃらないご様子で、見事な中紅なかべに色の芍薬しゃくやくを、がくのすぐ下辺りで切っておしまいになり、短すぎて使えぬと見てもう一本取って切り始めた所で安子様と花子様にお気付きになり、元より少し足がお悪いので、体を傾けながらゆっくりとした所作で茶室に通されました。


 見事な御点前おてまえで背筋を伸ばされて薄茶うすちゃをお入れになるお姿は、以前と変わらぬ奥方様でした。花子様も、大人の見様見真似で小さなお手で茶器を回されて居るのが可愛らしく、安子様との折り合いは良くないものの、さすがに孫は可愛いらしく、厳格な奥方様も相好そうごうを崩して微笑まれました。


 太郎君たろうぎみのご入学の儀のお話など、当たり障りのない会話が進んで行きましたが、話題が先日暇を取って出て行ったお女中のことになると、奥方様は安子様にとって、少し気がかりな御言葉を口にされたので御座います。

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