其ノニ 八朔

 そもそもの安子様とご夫君ふくんの御結婚の経緯いきさつが、奥方様が熱心にお勧めする御縁談をお断りしてのお話であったこともあり、元より安子様と奥方様の折り合いはさほどよろしくはない上、奥方様には頼りになる古参のお女中がお付きでいらっしゃいましたので、お互いにご近所にお住まいとは言え、日頃からの行き来は殆ど御座いませんでした。


 安子様と花子様が屋敷の門前に至りますと、前に訪れました際にはきちんと人の御手おてが入り、切り揃えられました正木まさき前栽せんざいが旧家の格を物語る様子で御座いましたのに、本日は、所々ですが不揃いな若芽が張り出しておりました。


 しっかり者のお義母かあ様にしてはお珍しいこと、と安子様はふとお思いになられましたが 、お女中が暇を取って間もないのだから無理もない事やも知れませぬ。


「御免くださいませ。」

 安子様は前栽せんざいを抜け御庭に入られます。なつめ水鉢みずばちの横に植えられました梅の木には、新緑の青々とした葉と葉の間に、香りの良い青梅あおうめがいくつも実っておりました。


 花子様がぴょんぴょんと飛石とびいしを飛んで表玄関に向かわれます。


 飛石とびいしの通路を挟んで向こうに植えられている八朔はっさくの実は、ほぼ採られる事なくそこらじゅうに落ちており、白黒の尾長おながの群れが、ぐえと声を出しながら落ちている実をついばんでおりました。


 それでも、やはり水縹みずはなだ色や浅蘇芳あさきすおう色にお庭に咲き誇って居る紫陽花あじさい額紫陽花がくあじさいは、この時期は大変見応え有るものに御座いました。

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