其ノ二十一 黒雲

 まさか逃げようなどとは露程つゆほどにも思うておりませぬのに、何という融通の利かぬことよ、と常磐井ときわい様は御不満にお思いになられ、ご入学の儀の吹き矢から、いやそのもっと前の、上のお子様の時分より連綿と続く大奥(PTA)の理不尽、不条理への御不満が、常磐井ときわい様の胸中に黒雲くろくものごとく込み上げて参りました。


 ただこのお方も、寺子屋に愛おしい二人のお子を預ける身、逆らえばどんな災いが降りかかるか底知れぬこの大奥(PTA)、ここはにんの一字で耐えねばなるまい。もし、今ここでご自分が何かを口走れば、魔が差してこの場が凍り付くほどの暴言も飛び出しかねぬ。しかれどもこの場の方々、これから一年の年季明けまで、いや、この御近隣にまう以上、この先何十年付き合いが続くやも知れぬ間柄、争い事はもっての外、御法度ごはっとなり。


 常磐井ときわい様はぐっとこらえてご自分のきもに銘じられました。そしてこののち、ご自身でも思いも寄らぬ御言葉を、皆さまに申し上げたので御座います。

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