其ノ二十 後追ひ

 つい先程まで、安子様のお背中でうとうとと船をいでいらした花子はなこ様でしたから、大人がたの急な緊迫感、しかも母ではない女の人に手渡されたご自分が、何が何やら分からず、常磐井ときわい様の腕から嫌々いやいやをして抜け出され、

「おかあたま! おかあたま!」

 と、大きな声でお泣きになりながら安子様お探しになられます。


「お母様は、今少しの間席をお立ちになり、かわやへ行かれただけに御座いますよ。良い子にして、ほんの少うしのあいだ、お待ちになれますか?」


 常磐井ときわい様は、ご自身も小さいお子様のお母御ははごらしく、花子様に優しくお声がけなされますが、当の花子様は、ますます大きな声でお泣きになるばかり。


 見かねた常磐井ときわい様は、荻野おぎの様とおでん方様かたさまにこうお尋ね申し上げます。


「お子様がこのような様子に御座います。しばしの間のみ、離席させていただく事は叶いませんでしょうか。」


 おでん方様かたさまは、常磐井ときわい様のすらりとした丈高たけだかいお姿を、上から下までじろりとご覧になったのみで、何も仰りません。

 声をお発しになったのは、お隣のあの筥迫はこせこの君、大典侍おおすけ様で御座いました。


「そなた、まさかこのお役決めからお逃げになる気かえ?」

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