其ノ十九 おぶ紐

「ま、まあそう仰って頂けるのでしたら。おでん方様かたさま、ご異存御座いませぬか?」


 先の御吟味方ごぎんみがた(選出委員)取締とりしまり(委員長)の荻野おぎの様は、顔色を伺うような御表情でおでん方様かたさまにお尋ねになられました。おでん方様かたさまは何かを企むような、それでいて満足げなまなざしで、ゆっくりとうなずかれました。


「それでは、お役決めはあと御勘定方ごかんじょうがた(会計)のみとなりまする。」


 荻野おぎの様のお言葉が終わるか終わらぬかのうちに、畳み掛けるかの如く、先程より急な吐き気を催されたご様子の安子様が、

「では。」

 と仰り、花子様をその背におぶわれたまま慌てて退出なさろうと致しました。それを見かねて、お隣に座して居られた常磐井ときわい様がこう仰ります。


「安子様、お身体に触ります。私が花子様をお抱き致しましょう。」


 常磐井ときわい様は、日頃からこうした喫緊きっきんな御対応に慣れていらっしゃるご様子で、安子様のお体からてきぱきとおぶひもを解かれ、花子様をご自分の腕にお抱きになられると、

「では、行ってらっしゃいませ。」

 と、頼りになるご様子で安子様にお声掛け致しました。

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