其ノ十八 四月(よつき)

 その時に御座います。


「うっ。」


 安子様が急に吐き気を催され、御口元を押さえ、お体を前に伏せられました。安子様は元よりお体がさほど御丈夫でない上、身重みおもなれどまだいぬの日の帯祝おびいわい前の、不安定な四月よつきの時期にございましたから、日に幾度かこうしてかわやに駆け込む事がございます。


「安子様、どうなされましたか? 御気分が優れぬのですか?」


 安子様のお隣にして居られた常磐井ときわい様が驚いてお声がけいたします。


「いいえ、いつもの事にございます。御心配には及びませぬ。」


 おでん方様かたさまは、その時は何も仰らず事の成り行きを見守っていらっしゃるだけに御座いましたが、安子様は先程のおでん方様かたさまとの話の腰を折ってしまった申し訳無さと、御気分の悪さが相まって、御判断の力がお弱りだったのでしょう。また、お役決めの折にここを退出する事は、大奥(PTA)のおきてに反し、なにかしらのとががあるやも知れぬ。


 このようにお考えになった安子様は、荻野おぎの様とおでん方様かたさまにこう申し上げました。


「もし私で宜しければ、御右筆ごゆうひつ(書記)を引き受けます故、退席をお許しいただけますでしょうか?」

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