其ノ十二 筥迫(はこせこ)

 先の御吟味方ごぎんみがた(選出委員)取締とりしまり(委員長)の荻野おぎの様は、本日にて一年の辛きお勤めより解放され、一刻も早くご自分の屋敷に戻り、御茶、茶菓子など頂きながら、御家族とほっとしたお気持ちで過ごされたいと思っておられましたので、来年こんとし御吟味方ごぎんみがた(選出委員)の事など、ええい、ままよ、まずは本日のこの面倒なお役決めのみ一刻も早く終わらせてしまいたい、ここでおでん方様かたさま取締とりしまり(委員長)に決まっておしまいになれば、万事は丸く収まるであろう……。などとお思いになり、なるべく声の調子を高く、さり気なさを装ってこの様に仰いました。


「そうでございますね。取締とりしまり(委員長)とも成れば、実際の細かな御作業はここに居られる皆様方にお振り頂き、もし上手く運べば、大変易きお勤めで一年の年季を終えることも叶うやも知れませぬ。私ですら出来たことに御座いますから、そう恐るるに足らないお勤めにございましょうぞ。」


「ほほう。大典侍おおすけどの、聞いたかえ?」


 おでん方様かたさまのお言葉を受けて、おでん方様かたさまのお隣に座りし御方、お着物に焚き染めた薫香くんこう麝香じゃこうでしょうか、妖艶な香りが御所作と共に辺りに広がって参ります。そして、その方のふところに仕舞われた豪華な筥迫はこせこ(ハンドバック)の房が鳴る音が、じゃらり、と御広座敷おひろざしき(多目的室)中に響いたので御座います。

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