其ノ六 襖

 ご入学の儀の折には見頃であった寺子屋の門の染井吉野そめいよしのも、花はすっかり散って今は葉桜はざくらとなり、今度は藤棚の藤が、紫の房を見事に垂らす季節となっておりました。


 常磐井ときわい様と安子様は、本日は大奥(PTA)の御吟味方ごぎんみがた(選出委員会)の最初の顔見世かおみせ(会合)で、寺子屋の御広座敷おひろざしき(多目的室)と申すところに昼四ツ(午前10時)までに参る様に、ご入学の儀の折、御右筆ごゆうひつ(書記)より御文おふみを渡されておりました。


 安子様は元よりおっとりした方で、ふみに書かれた絵図をご覧になりつつ、ええと、こちらは……と、戸惑いながら歩みを進めようとしておりましたが、常磐井ときわい様は勝手をご存じなのか、こちらですよ、と迷わずお進みになる。安子様はそのお背中に、ただ着いて行ったのでございます。


 ようやっと御広座敷おひろざしき(多目的室)の前まで辿り着きますと、作法通りにふすまをお開けにならねばと、ふすまの前で身なりを正しておりましたところ、ちょうど昼四ツ(午前10時)の鐘が鳴り響いたので御座います。


 常磐井ときわい様と安子様がかしこまってふすまをお開けになったその時、


「遅い! 何をしておられるのじゃ。もうとうに皆様お集まりであるぞ。」

 と、太い叱責のお声がお二人の耳に入って来たので御座います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る