其ノ五 風呂敷包

 何という事に御座いましょう。二人とも運の悪い事に、吹き矢で御吟味方ごぎんみがた(選出委員)に当たってしまわれましたとは。ともあれ、本日は昼四ツ(午前10時)の御吟味方ごぎんみがた初顔見世はつかおみせに遅れる訳には参りますまい。


「安子様、私が風呂敷包ふろしきづつみをお持ち致しましょう。」

 常磐井ときわい様が仰ると、

「いいえ、そんな。申し訳のう御座います。」

 と安子様が遠慮なさると、

「良いのよ、良いの。貴方はお背中に大切なお宝をお持ちでいらっしゃるのだから。」


 常磐井ときわい様はそう仰って、花子様に目配せしてお笑いになると、安子様が抱えていらっしゃる大きな風呂敷包をご自分の手にお取りになられました。


 お二人と小さいお一人は、肩を並べて急ぎ足で寺子屋に向かう木橋を渡っておりました。常磐井ときわい様は、御吟味方ごぎんみがた(選出委員)に選ばれなすった経緯いきさつを安子様にこう話されました。


「私もね、御吟味方ごぎんみがただけはご勘弁を、と思って居たのだけれど、本年は、おもてのお仕事が忙しくなる見通しで御座いまして、本年だけはお役はちょっと……。と思って躊躇しているうちに、お鈴係すずがかり(ベルマーク委員)、瓦版かわらばんつぼね(広報委員)などにはどんどんお手が上がって行きまして、最後、御吟味方ごぎんみがただけが決せぬまま、吹き矢で決める運びと相成り、あれよあれよと言う間に私が当たってしまった、と言う訳に御座います。」


 雪組だけでなく、月組でも最後までお手が上がる事が無かったと言う御吟味方ごぎんみがた(選出委員)、いったい如何いかほど重きお役目で有るのか、安子様は不安で胸が塞がる思いで常磐井ときわい様のお話を聞いておられました。

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