其ノ七 声の主

「皆、おもてでの御仕事、おいえの事、御稼業ごかぎょうなど、万障繰ばんしょうくり合わせてここに集まっておるのです。遅参ちさんは厳禁に御座いますよ。」


 仰る事、道理ではある故、

「ごもっともな事にございます。以後気を引き締めまする。」

 と常磐井ときわい様が仰ると、安子様と常磐井ときわい様はお声の方に座礼ざれいして平伏へいふく致しました。


「まあ良い。にもかくにもこちらにお座りなされ。」

 お声の主がおっしゃると、安子様と常磐井ときわい様は頭をお上げになり、目線をその方の出立いでたちにお向けになりました。


 そのお方は白粉おしろい厚く、眉白く、お口元には高価な紅花べにばなべにを濃く差していらっしゃる。安子様と常磐井ときわい様は、はたいたかはたかぬかと言った白粉おしろいに、普段使いの単衣ひとえを羽織り、華美かびでない帯を締め、髪型は、しの字髷じまげ(島田崩し)といった目立たぬ出立ちでお有りなのに、そのお声の主様は、御所解ごしょどきと言われる凝った御意匠ごいしょう(デザイン)の流行の小袖こそでをまとい、提帯さげおびに更に小袖こそでつむぎを掛け、腰から張り出させた腰巻こしまきと言う御目立ちになる出立いでたちに、髪を片はづしと言うよそゆきの髪型に結って装っておられました。


「おでんの方さま、こちらへお座りくださいませ。」

 もう一人の、お声の主様のお友達かとお見受けする、やはり同じようによそゆきに装っておられるお方が、その方の御名おなをお呼びになられ、ご自分の座のお隣に導かれました。

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