其ノニ お支度

 安子様は、朝餉あさげを召し上がろうと茶箪笥ちゃだんすから御自分の茶碗を手に取った所、目に入った御円卓ごえんたくに御家族の方が残した焼き魚、煮物、汁物など、あらかたご自分が頂く分には十分な量が有ろうと見て取ると、洗い物も増えるだろうからとご自分の茶碗を茶箪笥に御戻しになり、冷たいままの麦飯と焼魚の残りを、その間も花子様がおいたをなさらぬ様傍目はために見守られながら、気忙きぜわしくつついて召し上がられました。


 いつはん(午前9時)の鐘楼しょうろうの鐘が鳴るのを耳にされた安子様は、

「あら、いけない。もうこんな時分に。」


 と一人ごちながら、御手おてはてきぱきと花子様の襁褓むつきをお替えになり、矢飛白やがすり単衣ひとえ姿のお背中に花子様をおぶり、紐で御自身にゆわえなさってから、お出かけ中お使いになるであろう、でんでん太鼓だいこやお八つやら、手拭いやら襁褓むつきやらの大荷物を、風呂敷に手早くお詰めになりお抱えになると、慌しく草履ぞうりをお履きになったので御座います。


 ほんにまあ、一人手ひとりで(ワンオペ)にてお子をお育て中の、ましてや身重みおものお体にとりましては、たとえ除痘御接種じょとうごせっしゅ(予防接種)の折の様な短時間のお出かけであっても、たいへん難儀なことなので御座います。

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