其ノ三 せせらぎ

 その日は幸いお天気には恵まれておりましたが、お背中にお子を背負うて歩く道のりは、安子様の身重みおものお体には相当息が上がるもの、とは言え数え三つ(2歳)のお子を歩くがままにさせておけば、とても昼四ツ(午前10時)の刻限までに寺子屋に辿り着けるはずも御座いませんので、安子様はどうしたって三貫(約11kg)ほどの目方めかたのお子様と、一貫(約4㎏)以上はあるお荷物を抱えての道行みちゆきになります。


 寺子屋への道中、水の綺麗な小川が流れており、その川沿いの馬車のわだちに沿って六町(約600m)ほど歩かれました先の小高い丘の上に、太郎君たろうぎみのお通いになっている寺子屋が御座います。小さなせせらぎを縁取ふちどる様に、川縁かわべりに伸び始めたあしの緑の中、ぽつりぽつりと燕子花かきつばたの紫色が彩って居るのが見良い景色に御座います。


 赤子あかごをおぶわれた安子様の目線は、どうしたってお足元に向かいます。小さく可憐な苧環おだまきの青い花がこうべを垂れているのに見惚みとれる間は無いものの、皐月さつき川縁かわべりの空気は清々すがすがしく、気持ちの良いものだと安子様は思われたのでした。


 お足元の苧環おだまきの花からふと目線をお上げになった安子様は、橋のたもとに見知った人影が有るのに気が付かれました。


「あ、常磐井ときわい様ではございませんか。」

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