第二章 三役揃い踏み

其ノ一 皐月

 皐月さつき(5月)の宿下やどさがり(連休)の時期も終わり、寺子屋に通い始めてほぼひと月、大きな背負子しょいこ(ランドセル)を肩に背負い、毎朝大奥(PTA)御当番による御旗振おはたふりに見守られながらの寺子屋への御道中、太郎君たろうぎみも大分お慣れになって来た頃合いでしょうか。


 安子様はいつもの様に、夜がまだ明け切らぬ晨朝じんちょうとこをお出になられ、井戸からお手の赤切れに染み渡る冷たき水を汲み、かまどに火を入れ、朝餉あさげの支度をし、ご夫君ふくん、お子様方が朝餉あさげを召し上がる間も、ご自身はおかけになるいとまも無く、家事にいそしまれておりました。


 太郎君たろうぎみのお背負子しょいこの中身を確認なさり、太郎君たろうぎみ草履ぞうりやお召し物の身支度を整え、更にはご夫君ふくんかみしも(スーツ)のご用意も致します。


 お二人方を送り出された安子様は、息つく間も無く数え三つ(2歳)の花子様が食べ散らかされた朝餉あさげの米粒やら、おこぼしになられたお茶やらをお拭きになられると、ここでようやっと、一つ大きくふう、と息をつかれました。と申しますのも安子様は悪阻つわりもまだ落ち着いておられぬ四月よつき身重みおものお体でいらっしゃいましたから、そのしんどさは如何ほどのものに御座いましょう。


 ただ、安子様は本日はご自身と花子様のお支度したくをして外出をなさる御用事が御座います。昼四ツ(午前10時)には寺子屋に参り、大奥(PTA)御吟味方ごぎんみがた(選出委員)の初顔見世はつかおみせに出向かれるので御座います。

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