其ノ十七 御町内見廻

御組取締おくみとりしまり 井伊染子いいそめこ


 御右筆ごゆうひつ(書記)がお名を書き留めなさると、残りのお役はただ一つ、御吟味方ごぎんみがた(選出委員)のみとなりました。


 染子様がななぐちに消えて行かれるのを見送りながら、安子様は思われました。


 あの方ほど御無理な状況の御方ですら奥勤め(PTA役員)を免除して頂けず、初めから無碍むげに御却下なさるおつもりだったなら、一体どうしてわざわざ皆の前で、お一人お一人の引き受けられぬ個人的な事情などお尋ねになる必要がございましょう。他の方々も、辛いご事情をわざわざ皆の前で晒さなくてはならないとは、これではまるで弱い者いじめではないか。


 さて、引き続き引き受けられぬ理由の御陳述が続きます。

 次のお母御ははごはこう仰られます。


「私は昨年、御町内見廻ごちょうないみまわり(町内会)の御年寄おとしより(会長)のお役を、地域の御縁でやむなく引き受けたばかりにござります。また、お子がいるため、地域御縁日取締ちいきごえんにちとりしまり(こども会会長)までも兼任させられており、本年はとてもとても手一杯にござります。」


 また別の方は、おもて(会社)でのお勤めが満日まんじつ(フルタイム)でお有りになる為、お子様を放課後に御学童御預ごがくどうあずかり所(学童保育)にお預けしている都合、お勤め帰りの夜間やら御休日には、殆ど全ての時間を御学童大奥ごがくどうおおおく(学童PTA)の御当番に奔走されていらっしゃり、更には持病もお有りになるのに、一日たりとも休む暇もない、これでは何のための御学童預ごがくどうあずかり所(学童保育)であるのか、とお嘆きになる。


 ほんにまあ、御父母、特におなごが担う役割の余りに多き事か。体がいくつあっても足りるものでは御座いませぬ。まことに、わりなきことかな


「なるほど、方々かたがたの御言い分は一通り伺いました。しかし本寺子屋の大奥(PTA)は、お子様方のための組織に御座います。お母御ははごたる者、若しお子様が可愛いとお思いであるならば、多少の労苦を惜しむものでもありますまい。」


 瀧山たきやま様にそこを突かれると、一同返すお言葉も無く、更なる沈黙が続くのみに御座いました。



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