其ノ十八 一瞥

 お天道てんとう様は更に西に傾き、昼八ひるやツ半(午後3時)少し前になっておりました。最後の一役、御吟味方ごぎんみがたが決まれば、皆様ここから解放され、愛しき我が子とお庭で御寫眞ごしゃしん御撮影と相なる訳に御座います。


 その時、方々の沈黙を破る様に、式が終わって御錠口おじょうぐちが閉められたあと最初にご挨拶なされた御組総取締おくみそうとりしまり(クラス委員長)の春日かすが様が、険しい御表情で雪組進行役の瀧山たきやま様の元へおいでになり、御叱責なさいます。

「これ、瀧山たきやま! 他の御組は皆、全てのお役が決まり、只今最後の月組が御寫眞ごしゃしん御撮影に入っておる。もたもたしておると、御寫眞師ごしゃしんしがお帰りになってしまわれるではないか。」

「は、はい。申し訳もござりませぬ。五つのお役のうち四つまでは決まりまして、あと一つ御吟味方ごぎんみがた(選出委員)だけが如何様いかようにも…。」と、瀧山たきやま様が畏まって春日かすが様に申し上げました。


 御組総取締おくみそうとりしまり(クラス委員長)の春日かすが様が、雪組の御父母の輪をぐるりと一瞥した時、安子様の数え三つ(2歳)の娘、花子様が、

「お母様、まあだ?」と小さくお声を上げられました。


 瀧山たきやま様は安子様の方に視線を向けるとこうおっしゃいます。

「そなたは如何いかがか? 御吟味方ごぎんみがたをお引き受けになるおつもりはござらぬか。」


 皆の前で名指しされて、身の固まる思いの安子様でしたが、勇気を振り絞り、こうお答えになりました。


「どうかお許しください、私めには、こちらに通う太郎の他に、数え三つ(2歳)のこの花子がおり、更に只今、身重みおもの身に御座います。このような折、いかにしてお勤めを果たすことが出来ましょうや。どうか此度こたびだけは、お役目をお免じ頂くことはかないませんでしょうか?」


 安子様は切々と訴えるのだが、御組総取締おくみそうとりしまり(クラス委員長) の春日かすが様は厳しい表情をなさり、お役をお免じになるご様子はない。

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