其ノ十六 狼藉

 辛きことをお話しくださった染子様に、雪組御父母一同、お気の毒に、とは思えども、やはりこの重き二役ふたやく、名乗り出るお方はいらっしゃいません。


 お錠口じょうぐち瀧山たきやま様は、染子様がお引き受けになれぬ理由をお聞きになられると、

「ふうむ、まあ、例年そのようなお方も奥勤おくづとめ(PTA役員)をされておる。もしそなたを除外すれば、悪しき先例せんれいになるであろう。」

 とにべもなく仰いました。


 その時、お師様しさま(教員)専用のななぐち(外部との通用口)より、若いおなごのお師様しさまが一人、大広間の雪組の御父母方の輪に駆け込んで来て、こうおっしゃいました。


井伊いい様、井伊いい様のお母様はいらっしゃいますか?」

 お師様しさまが息を切らしてこう仰いますと染子様が、

井伊いいは私に御座います。お師様しさま、うちの直澄なおずみが何か?」


「先程、お庭で待ちくたびれて遊んでおりました折、他の組の子を突き飛ばしてしまいまして、幸い……。」


 正義感のお強い染子様は、話を途中で遮ると、

「なんと、うちの直澄なおずみがその様な狼藉ろうぜき、よそのお子様に対し、何という申し訳の立たぬ事を。直澄なおずみはもともと聞かん気の強い息子でございます上、体の弱い兄君あにぎみに手がかかる余り、つい甘やかして育ててしまいまして……。嗚呼ああ、こうしては居られますまい。お師様しさま、すぐに私も参りましょう。」


「ええい、待たれよ!」

 瀧山たきやま様は仰います。

「ここを何処だと思うておるのだ。お役が決まるまでここを出てはならない、ここ大奥(PTA)のおきてを知ってのお振る舞いか?」


「なんと、この様な火急かきゅうの折にもまだおきてが勝ると仰るか!」

 染子様はお怒りに任せ、後先考えずに、ついにこう口走っておしまいになる。


「ええい、もういわ! 私が御組取締おくみとりしまり(クラス委員)をお引き受け致しましょう。方々かたがた、それで宜しいですね!」


 染子様が畳をばあん、と一つお叩きになり立ち上がられると、方々かたがたをぐるりと一瞥いちべつなさりました。その勢いに一同飲み込まれ、声を発する者は一人もおられません。


「さあ、お師様しさま、急ぎ参りましょう。ななぐちはどちらです?」


 染子様はお師様しさまとともに、お庭に駆け出して行かれたので御座います。

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