其ノ五 御懐妊

御目出度おめでたき事かな。御懐妊に御座います。」


 元々、さほどお体がご丈夫ではなかった安子様に御座います。おさじ(医師)のそのお言葉に、お命授かりしは喜ばしき事なれど、一人手ひとりで(ワンオペ)にてお育てする御子おこが三人となる上、産み月までの悪阻つわり、お産みになったのちの産褥さんじょくで御弱りになるであろうご自身のお身体からだやお暮らしぶりを御想像なさると、まるで胸の中になまりを飲み込んだような、重苦しい不安なお気持ちになられたのでございます。


 安子様は屋敷にお戻りになった途端、かわやに御駆け込みになりますと、ものを御戻しになりながらこう思われました。


 この春は太郎が寺子屋てらこやに上がり、その御入学の(入学式)の準備も御座います。数え三つ(2歳)の花子もまだいとけなく、しばし目を離した隙にも、落ちている物を口にしたり、怪我をなされないか、常に心配なお年頃。その上このごろの恐ろしいほどの悪阻つわり嗚呼ああ、私めは前世にて神仏への信心が足りなかったため、今生こんじょうにてこのような恐ろしい罰が与えられたのでございましょうか。


 そうお嘆きになる間にも、数え三つの花子様はかわやの引き戸にすがりつき、お母様、お母様と泣き叫んでいらっしゃいます。安子様は急ぎころもすそを整えなさると、そっとかわやの引き戸をお開けになり、花子様を御抱き上げになると、その重みをずっしりとお手にお感じになりました。


 御子達おこたちにとっては、頼りになるのはこの私のみ。嘆いてばかりなど居られましょうや。気を強く持たなければ、安子様はその時、そうに御心おこころをお定めになったので御座います。

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