其の二 雛飾り

 安子様は貧乏な旗本の娘ゆえ、おん自ら付きの手伝いのお女中を雇う事もままならず、ほぼ一人手ひとりで(ワンオペ)にて二人の御子様をお育てになっていらっしゃる上に、ご夫君ふくんも子育てにあまり理解を御示しになられない。ご夫君ふくんおもて(会社)でのご心労もお有りになるのか、ご帰宅なさっても、御遊戯ごゆうぎ(ゲーム)にばかり夢中のご様子で、たまにお口を開かれたと思うと、やれ、屋敷が散らかっている、赤子あかごの鳴き声がうるさいなど、安子様をおなじりになるばかり。


 あれは桃の節句の折りに御座いましたか、安子様の数え三つのお子様が、外へ出たいとむずかるゆえ、やむなく御近所の御育児支援所ごいくじしえんじょ(子育て支援センター)にお子様を連れて出向かれたのでございます。御育児支援所ごいくじしえんじょ(子育て支援センター)は、各町奉行所まちぶぎょうしょ(自治体)が設置している小屋でございまして、御子様おこさまあづかり所(保育所)とは違い、御母君おんははぎみ自ら御子おこと共に出向き、そこに奉公しておる子育て経験豊富なお女中の方々と共に、昼間のひと時を過ごす、そのような小屋にございました。


 その御育児支援所ごいくじしえんじょでは、普段は一人手ひとりで(ワンオペ)にて御子達おこたちに翻弄されていらっしゃる安子様も、穏やかでご経験豊富な老女中の方々が御子おこを見て下さるお陰で、ほんのひと時、御心おこころが休まる思いでございました。その日はちょうど三月三日、桃の節句でございまして、安子様、老女中方ろうじょちゅうがた、ほかに数組の母子連れの方々とともに、お花柄の千代紙にて愛らしい雛の飾りを作り、安子様の御子様もまた、その紙の雛を喜んで屋敷に持ち帰ったものにございます。

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