第13話 流血片耳斬り
「ひ、ひぃいいぃーっ」
浅右衛門の苛立った刃が一閃するや、破戒坊主の浄心が悲鳴を上げた。
なんと左耳がスパッと落とされ、流血とともに畳の上に落ちたのである。
「右の耳も落とされたいか。糞坊主、何故に返答せぬ」
凄みのある声音に、浄心のさっきまでの野郎自大な態度が吹っ飛んだ。
「か、勘弁してくだせえ」
と、大入道が血で汚れた畳に頭をすりつける。
「くそっ。このサンピン野郎!」
これを見た若衆頭の留吉が、怒りのままに懐の
「ふふっ。面白い」
浅右衛門は唇を歪めるや、太刀を生き物のように躍動させた。
瞬後――。
なんとしたことであろう。留吉、力三、八十吉の片耳から血が噴き、直後、三人とも耳を失くしたまま畳の上で気絶していた。峰打ちであった。
もはや朱に染まった座敷は阿鼻叫喚の渦となった。
玉菊の妹女郎は「キャーッ」と甲高い悲鳴を上げ、少女の禿も狂ったように泣き叫び、顔に血を浴びた幇間は逃げ惑いながら失禁していた。
その中で、花魁の玉菊だけが「ほほ」と、口に手を当てていとも愉しげに笑う。
浅右衛門が気絶した三人の腹を蹴り上げると、「むう」と、男どもが意識を取り戻した。
それを目にしつつ、懐紙で太刀を拭いながら、玉菊に言う。
「そやつらに、治療代を与えよ」
血ぬれた畳の上に、白い繊手から小判がチャリンと音を立て、散らばった。
「拾え」
浅右衛門が命じるや、四人の男どもが恐怖の形相で小判に手をのばした。これ以上逆らうと、さらに痛い目にあうことは必至であった。従うほかない。が、その伸びたゲスどもの手を再び浅右衛門が蹴り上げる。
「だれが手で拾えと申した。口でくわえて拾うのじゃ」
もはや破落戸どもは浅右衛門の言いなりであった。犬のように血で穢れた小判をくわえた男どもに、浅右衛門がすごむ。
「よいか。そのほうらの命は、わしのもの。わしの犬になれ」
有無を言わさぬ口調に、小判をくわえたまま男どもがうなずく。
そのとき――。
「御用の筋である。いかがした」
と、十手を携えた武士二名が座敷にぬっと現れた。両名とも黒羽織姿である。その背後に岡っ引きの姿が見える。
騒ぎを聞きつけたのであろう。吉原面番所詰めの同心が押っ取り刀で駆けつけてきたのだ。
同心たちと浅右衛門の目が合った。双方の視線にただならぬ殺気が満ちた。
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