第12話 吉原震撼

 花魁玉菊が揚屋に入ったとき、すでに浅右衛門は酩酊ぎみであった。

「主さま。ささの度がいささか……。それでは、今宵、役に立ちませぬぞ」

 玉菊の淫らな笑みに、浅右衛門が一瞥をくれて、ポツリと漏らす。

「あの下郎、遅い」

 下郎とは、松葉屋の若衆頭、留吉のことである。

「人集めに駆けずりまわっておるのでござりましょう。間もなく……」


 その言葉が終わらぬうちに、襖の向こうから声がした。

「ごめんやして。留吉、めえりやした」

 浅右衛門が地を這うような陰鬱な声音で応じる。

「入れ」

「へえ」

 襖が開くと、留吉のうしろに、獣臭を漂わせる三人の男が控えていた。いずれも、ひと癖、ふた癖ありそうな只ならぬ面貌、風体であった。

 留吉が男どもを紹介する。

「この大入道が、破戒坊主の浄心、それからこの人相の悪いのが雲助の力蔵、どんじりに控えしが盗っ人の八十吉にござんす」

 

 浅右衛門が大儀そうに手招きをした。

「もそっと近う寄れ。盃を取らす」

「へえ。ありがとうござんす」

 留吉が浅右衛門の前ににじり寄り、酒盃を受けた。

 が、なんとしたことであろう。その漆塗りの酒盃が、次の瞬間、真っ二つとなったのである。

 浅右衛門の抜く手も見せぬ居合斬りであった。


「ひえーぇぇぇっ」

 驚愕し、悲鳴を上げる留吉を浅右衛門が足蹴にした。

「うるさい、黙れ!」

 留吉の五体がすっ飛び、畳の上に転がる。

「ほほほほっ」

 花魁玉菊の笑い声が響く。

 

 浅右衛門が徳利の酒をぐびりと呑み干し、怯える男どもを凄惨な目つきでめまわして、ひと声咆えた。

「貴様ら、銭がほしいか」

 返答がない。恐怖のあまり声が出ないのだ。

「再度く。銭は要らぬのか。答えねば斬る!」

 これに、男どもが這いつくばり、

「へへへーぇぇっ。欲しゅうござりまする」

 と、哀れな声を出した。

 ただ一人、大入道の男を除いて。

 それは破戒坊主の浄心であった。


「そこの坊主、お前はどうなのじゃ」

 浄心が唇を歪める。

「金のないのは、首のないのと同じこと」

 浅右衛門が反問する。

「では、目下は首がないということか」

 返答がない。

 刹那、浅右衛門の太刀が一閃した。

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