第14話 千両箱強奪

 浅右衛門と面番所同心の視線に殺気が交錯した。

 そのとき……。

 座敷の上座で脇息に凭れていた花魁玉菊がすくっと立ち、

「これは、これは。江藤さまと神木さまではありませぬか。役儀、ご苦労さまにございまする」

 と、わざとゆったりとした口調で、浅右衛門と同心の間に割って入った。


「玉菊どの。この騒ぎ、いかがしたことか」

 年配の同心江藤が血ぬれた異様な座敷を見回した。小判をくわえた破落戸どもが、一様に片耳を削がれて流血し、頬や首筋を朱に染めているのだ。

「なんの。酔余の一興でありんす。ハメをはずし過ぎただけのこと。ほほ」

 修羅の座敷で玉菊が凄艶な笑みを見せながら、同心二人の袖に光るものをすっと差し入れた。


 チャリンという小判の音に、江藤が反応する。

「左様か。ま、下郎どもの怪我など、われらのあずかり知らぬこと。どうやら野暮用であったようじゃの」

 そして踵を返しざま、浅右衛門のほうに振り向いて曰く、

「役儀上、ご尊名を訊ねておきたい。ご貴殿、名は?」

 浅右衛門がむすっとした表情で名乗るや、同心らは片頬をピクリと引きつらせ、

「御試御用の……。こ、これはご無礼仕った」

 と、そそくさと退散した。

 

 直後、浅右衛門が再び酒盃を傾けて、地を這うような低い声音を出す。

「そのほうら、近う寄れ」

 またもや酷い目にあうのかと、戦慄おののきと警戒の色を浮かべつつも、留吉ら四人がやむなく浅右衛門の前に、おずおずとにじり寄った。

 と――。

「明朝、江戸を出立して西へ向かう。できるだけ多くの手下を連れて、日本橋のたもとに集まれ。時刻は七ツ。よいな」

 あまりにも急なことで、頭分の留吉が驚きの声を上げた。

「えっ!どこへ行くので……?」

「申せぬ」

「ならば、何をしに行きやすんで……?」

「ある人物を襲い、討ち取る。大勢での行列ゆえ、千両箱が間違いなく五つほどもあろう。そのほうらは、混乱に乗じてそれを奪え。奪ったあとは勝手にしてよい」

「おおっ!」

 破落戸どもが傷の痛みも忘れて目を輝かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る