第七話 徳川家からの密命

 浅右衛門は上座に立ち、大広間に集まった弟子たちに地を這うような低い声で訊いた。

「貴公ら、真剣で撃ち合う覚悟はあるか」

 弟子たちはハッと息を呑んだ。

 刃引きの剣での稽古ならいざ知らず、真剣での斬り合いなど経験した者など実はほとんどがいないのだ。

 だが、師匠は何故にそのようなことを訊くのか。もしや、この場で真剣での撃ち合い稽古を迫られるのか。となると、相手の手元が少し狂っただけで死に直結する。

 

 ざわめく弟子たちに、筆頭弟子の戸波甚太郎が一喝する。

「ええいっ、静まれいっ」

 一瞬にして無音と化した大広間で甚太郎の声のみが響く。

「お師匠さまの仰せである。いつ死んでもよいと思う者のみが、この場に残れ。覚悟のない者はすぐさま去れ。構わぬ。その者らは今日限り、破門といたす」

 その声を聞いて、弟子の半数が破門を承知で大広間を去った。


 残った弟子を前に、浅右衛門が抑揚のない声音でポツリと言う。

「ふむ。まあまあの頭数よの」

 再び、戸波甚太郎が声を張り上げた。

「よく聞けいっ。これから申すことは、一切他言無用。誰にも漏らしてはならぬ。固く誓える者のみ、いますぐ金打きんちょうせよ。金打できぬ者はこの場を去れ」

 これは只事ならぬ。

 大広間に残った弟子十名余は無言で首肯し、言われるとおりに金打を打ち鳴らした。

 

 甚太郎の声がつづく。

「徳川家のさる筋より、お師匠さまに命が下された。あるお方の命を秘密裏に頂戴せよと。つまり仕物しもの(暗殺)である」

 弟子どもはゴクリと生唾を呑み、その喉仏が大きく上下した。

 一人の弟子がうわずった声で問う。

「して、そのお方とは?」

 甚太郎が、そのお方の名前を申してもよいかとばかりに、浅右衛門の顔をちらっと見た。

 

 浅右衛門が半眼になって首肯するや、甚太郎の口から衝撃の名前が出た。

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