第六話 辻斬り無惨

 浅右衛門は吉原の玉菊と別れ、帰路に就いた。

 帰りぎわ、玉菊がささやく。

「わっちの年季があけたら、主さまはいかがされますか」

「うむ」

「うむとは……」

「よい」

「それは妻に迎えてもよいということでございましょうか」

「構わぬ」

「うれしいっ」

 玉菊が思わず浅右衛門の首根に抱きついた。


 浅右衛門にとって、この世のことは、もはやどうでもいいことであった。


 弟子の提げる提灯の明かりを頼りに、浅右衛門が歩を進める。

 突如、闇の中から白刃が突き出され、提灯の火にきらめいた。

 それを間一髪のところで躱した浅右衛門が、抜き打ちざま相手の胴を払った。

「ぐえっ」

 断末魔の叫びをあげて、賊の男が地にたおれ伏した。あわてて弟子が提灯の火で襲撃者の面体を改めた。浅右衛門にも弟子にも心当たりのない顔であることからして、喰い詰めた浪人者による辻斬りとおもわれた。

 

「お師匠さま、お怪我はございませぬか」

 弟子のうわずったような気遣いの声に、浅右衛門は短く応じた。

「こやつに命をくれてやってもよかったのだが……」

 弟子は、浅右衛門の言葉のつづきを察した。

 が……剣が腕の一部となって勝手に動くのだ、と。それほど浅右衛門の剣技は卓抜していた。だれとも争わぬし、技を競う気もないが、おそらく将軍指南役柳生但馬守と打ち合ってもをとらないであろう。ただし、軽い袋竹刀などではなく真剣勝負においてである。


 屋敷に帰ると、屋敷は門から庭、さらに邸内にも煌々と提灯の火が灯されていた。しかも、夜通し邸内を数多の提灯で照らす。これが、罪人の首を斬った日の、山田浅右衛門宅の慣例となっていた。

 近隣の武家屋敷の者は、これを気味悪がった。武家屋敷町にある浅右衛門宅の庭だけが異様に明るく、無数の人魂が集うかのごとく、風にふらふらと提灯が揺れているのだから、近隣の反応は至極当然のことといえよう。


 浅右衛門は筆頭弟子の戸波甚太郎に伝えた。

「皆を広間に集めよ」

「弟子すべてでございまするか」

「うむ」

 浅右衛門の言う「広間」とは、道場代わりにしている板張り五十畳ほどの大広間のことである。そこに、弟子二十名余の全員を集めよというのだ。

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