第五話 玉菊との痴態


 惨劇を目にし、かつ己が身を血で染めた者は、一生、瞼の裏に鮮血の残像が残るという。

 その一点で、浅右衛門と玉菊は、肉体だけでなく魂をも触れ合わせていた。はじめて会ったときから、二人は互いに同じ血の匂いを嗅いでいた。


 冬のある日、突然、登楼してきた浅右衛門に、玉菊は訊いた。

「不躾ながら、ぬしさまのお役儀は……何をなさっておいででありんす」

 浅右衛門は凄みのある目つきで玉菊を睨んで、

「首切り役よ」

 と、感情の起伏が一切感じられない声で応じた。


 紅の唇を歪めて、かすかに笑みを浮かべる玉菊に、今度は浅右衛門が訊き返す。

「不躾ながらとは……お主、武家の出じゃな」

 こくりと首肯する玉菊の双眸を浅右衛門はまじまじと覗き込んだ。その眸子の奥に自分と同じ虚無の色が見えた。二人は沈黙し、長い間、顔を見合わせていた。この両人にとってそれ以上の会話は無意味であったのだ。


 以来、浅右衛門は玉菊の馴染みとなったが、酒を呑めば座は荒れ、揚屋は悲鳴を上げた。しかし、玉菊にとって、そのすさみは心地いいものであった。浅右衛門が乱暴狼藉を働くたび、もっと荒れて、もっと荒んで、すべてを滅茶苦茶にして、私の心の空虚な荒みを嵐で満たしてほしいと、玉菊は強く願った。

 そして、首切り役をつとめた今日のような日、玉菊は必ず浅右衛門に抱かれもするし、激しく抱きもする。


「あ、あっ、うぅっ、ううーんっ」

 真紅の布団の上で、玉菊がなまめかしい嬌声を漏らす。

 浅右衛門が腰をさらに突き入れる。

「はっ、ぅうううーっ、んっ」

 玉菊が浅右衛門の肩に抱きつき、相手の耳たぶをきつく噛んだ。

「くっ」

 短い呻きを漏らして、浅右衛門が精を放出するや、玉菊もまた絶頂を迎えたのか、喜悦の声を上げた。

「い、いっ、いく、いく、く……うっ……」

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