第十三話 思い出の対決

――それは、まだ四人で旅立つ前の出来事。


 良く晴れたある日のこと。

 ここはアモイ山にあるアーサーの家の前に広がる庭だ。

 庭と言っても、この場所に建つ家はこの家しかないため、その面積は草原並みに広い。周囲には大きな樹々があちこち生い茂っている。

 

 アリオンの前でレイアは丸太を掴み、意気揚々と構えをとっていた。その丸太は普段鍛錬時に剣代わりに用いているもので、ずしりとした重みがある。太さも、レイアがかろうじて握れるようなものだ。


「よし!! 今度は私が相手だアリオン。さあ、どこからでもかかってきて!!」

「分かった。レイア、行くよ」


 先月に起きたカンペルロ王国によるアルモリカ王国への侵略攻撃。その時に敵国により父王夫妻を目の前で殺された挙げ句強引に連れ去られ、“力”を封じられた挙げ句牢獄に幽閉され、拷問を受け続けていたアリオンは瀕死状態だった。彼はやっとの思いで牢を抜け出し、森の中でさまよっていたところ旅帰りのレイアと出会い、その後一波乱あった後、彼女の幼馴染みであるアーサーとセレナに助け出されたのだ。

 静養したアリオンの頼みを聞き入れたアーサーは、彼の体力作りと鍛錬に協力している状態である。

 王子の日頃の成果を確認するため、彼らは模擬対決をしているのだ。先にアーサーが相手をし、ひと休憩後、今度はレイアが相手をすることになったのだ。


「レイア〜!! 応援してるわ。頑張って〜!!」

「アリオン。遠慮なくかかって良いぞ! コイツを女と思わなくて良いからな!!」

「こら! 最後の一言は余計だ! どさくさに紛れて失礼だぞアーサー!!」

 

 レイアはアーサーのからかいにむきっと反射的に反応した後、気を取り直して王子と向き直った。


「アリオン。ごめん!」

「大丈夫だよ。レイア」


 二人は大きく深呼吸をして一旦構えると、ともに眼光を光らせた。

 アリオンが先制攻撃を仕掛けると、レイアは真正面から飛んできたそれを右へと避け、身体をひねって左へと回転させた。その勢いのまま彼の左脇を狙って攻撃すると、王子は丸太で受ける。

 足元の草の切れ端が舞い飛び、青臭い臭いが二人の周囲に立ち込めた。


 アリオンとレイアは頭一つ分の身長差がある。

 体格差も歴然だ。

 彼から見るとレイアは大変小柄に見える。

 彼女が凄腕の剣使いであることを聞いてはいるものの、いざ手合わせをしてみると、己の認識がいかに甘かったかを彼はまざまざと思い知らされた。

 着痩せして見えるためか、一見細く見えるその身体から繰り出される剣戟は、男である自分でも得物をつい落としてしまいそうになる位の威力を持っているのだ。

 小さな身体のどこに一体そんな力があるのか、不思議に思いたくなる。


 ――剣の心得はある。これは無駄にぶら下げている訳ではないんだ――


 初めて出会った時に彼女が言っていたことは、伊達ではないなと改めて思ったアリオンだった。


 ⚔ ⚔ ⚔


「……二人とも何か凄いわね。これ本当に勝負なのかしら? 見ていて全く飽きないんだけど……」

「ああ……そうだな……二人共型が整っているから、動きが全て剣舞のように見えるせいだろう」


 両者ともにほぼ互角の撃ち合いだった。

 片方が攻撃に転じれば、相手は受けの姿勢をとる。

 それが交互に何度も繰り返された。

 二人の息はぴったりとあっていて、互いに呼吸の乱れ一つ見せない。

 舞い散る汗が陽の光を浴びてきらきらと輝いている。

 模擬対決のはずなのに、何故か華麗で激しいダンスを踊っているようにも見えるのが、不思議だ。


 そんな時、レイアが声を上げた。


「あっ!」

「危ない!」


 草の根に足を引っ掛けたのか、ふらりとよろけたレイアをかばおうとしたアリオンはバランスを崩し、二人はそのまま草むらへと倒れ込んだ。二本の丸太がカランと乾いた音を立てて地面へと転がる。

 

 舞い散る千切れた草と土埃の中、ヘーゼル色と金茶色が鼻先同士がくっつく位の距離で見つめ合った。

 互いの吐息が唇を掠めあっているためか、妙にくすぐったく感じる。

 偶然だが、レイアが王子の上に覆いかぶさるような姿勢となっていた。あと数ミリでもずれると、キスしてしまう位の至近距離だ。

 

 青い草の上で明るい茶色の髪と濃い茶色の髪が絡まり合っている。布越しではあるが、互いに身体の重みと匂いと体温が伝わって来て、うっすらとだが二人とも頬に赤味がさしていた。


「……ごめん! 怪我しなかったか!?」

「ああ……僕は大丈夫だ。君は大丈夫か?」

「私は大丈夫……」


 急に気恥ずかしくなったレイアは慌ててさっと身を起こし、アリオンを素早く助け起こした。気のせいか、心臓の音がいつもより早く聞こえる。


(やだなぁ。一体何やってるんだろ私ったら……!! )


 レイアは胸に生まれた妙な気持ちを誤魔化すかのように、自分と王子の服についた土やら草やらをぱたぱたと払い落とした。


「……レイア……お前いつの間に……よりによって王子を押し倒すだなんて、はしたないにも程があるぞ……」


 背後から聞こえてきたアーサーのどこかからかう声に、レイアの身体中の血液が一気に逆流した。


「ア〜サ〜っ!! 言うに事欠いて何ということを!! 言っていいことと悪いことがあるだろう

っっ!!」


 顔を真っ赤にして激怒したレイアは、白い歯を見せながらその場を逃げ出すアーサーをとっちめようと、追いかけていった。ぎゃーぎゃーと騒々しい二人を見ていると、本当に猫か犬のじゃれ合いのように見え、大変微笑ましい光景だ。


 ゆっくりと立ち上がり、土汚れをはたき落としながらその様子を静観していた王子はくすりと破顔した。その傍で空色の瞳を持つ少女が腰に両手をあて、大きな溜息を一つついている。


「……全くもうあの二人ったら、仕方がないんだから。先程の動きをずっと見ていたけど、身体の調子は良さそうねアリオン。その後痛いところはもう出ていないかしら?」

「……ああ。大丈夫だ。ありがとう」

「ごめんね。あの二人いつもああだから……」

「いや、気にしてないよ。明るい方が良い」

 

 そういう彼の視線は、大きく左右に揺れ動く、濃い茶色の髪を持つ少女から動こうとしなかった。その様子を見ていたセレナはやれやれとまた一つため息をつく。


(あらあら。ただ口にしてないだけで、どうやら王子はレイアのことが気になっているようね……)

 

 恋の訪れと言うにはまだ程遠いレイアとアリオン。

 まさか、将来互いを深く想い合う仲になるとは、この頃の二人はまだ知る由もなかった。

 

 ――完――

 

 

 ※このエピソードは時系列で言うと、

 本編「蒼碧の革命〜人魚の願い〜」の第十八話「うたかたの恋」 https://kakuyomu.jp/works/16817330647742777336/episodes/16817330650428006265


 辺りの物語となります。

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