路地裏の美味しい紅茶の店

鈴音

怒らせると紅茶かけてきます

「駅前の通りの路地裏に、凄い美味しいお茶を出す店があるんだよ。お前も行ってみたらどうだ?」


会社の同期が何気なく教えてくれた喫茶店、私はその店の前にいる。


店名はそのまま紅茶の店。お茶一筋で売り出していることがひと目でわかる店名だ。


少し軋む、重たい扉をあけると、少し狭いけれど、たくさんの風景画と染み付いた紅茶の優しい匂いの香る素敵な店内があり、その真ん中でヘッドスピンしながら紅茶を撒き散らす女性がいた。


「おお?お客さんだぁ!いらっしゃい!」


笑いながら回って紅茶を入れることをやめない彼女は、適当な席に座ってくつろいでーと着席を促し、私がカウンター席に座る頃には回転を止めて撒き散らした紅茶を拭いていた。


「さて!何を頼む?コーヒー以外ならなんでもあるよ!」


コーヒーで


「出てけぇ!」


…全力で紅茶をぶっかけられた。怒らせるとダメなのか。まぁふざけてないで、とりあえず店長のおすすめを頼むことにした。


「おすすめね!スコーンとケーキどっちつける?」


ん…ここは、スコーンを頼んでみることにした。店長さんは注文をとると、厨房に戻る。厨房は、カウンターから一望することができた。


冷蔵庫からスコーンの生地を取りだし、整形してからオーブンに入れる。その後にお湯を沸かして、茶葉を用意しつつティーカップを温め、ポットにお湯と茶葉を入れる。


茶葉を煮出す片手間にジャムを戸棚から取りだし、アレルギーがないか聞いてくる。代々受け継がれてきた伝統のあるイチゴジャムなんだとか。


そして茶葉が踊りきった所でカップのお湯を捨て、注ぎ入れる。サービスの気持ちもあるのか、かなり高い位置からお茶を入れるが、一切こぼれることなく、綺麗にいでいた。


紅茶が入れ終わったくらいでスコーンが焼き上がり、ジャムを添えてから運んできてくれた。


この店ではスコーンとジャムを楽しんでもらうために、ミルクと砂糖は最初からは提供せず、求められた時にだけ出すのだとか。


ので、まずは小さく割ってからジャムをつける。さっくりほろほろのスコーンは、そのままでも小麦由来の優しい甘みが強く、とても美味しいが、そこに僅かな酸味と濃厚な砂糖の甘み、そしていちごの爽やかな香りが抜けていって、スコーンとよく合う味だった。


そして、口の中に余韻が残るうちに紅茶を啜る。茶葉の名前はよくわからないが、雑味の少なくまろやかな口当たりで、しっかり感じ取れるほどの甘みと、ふんわりと香る紅茶の香り。本当に美味しい紅茶を飲んだのはおそらくこれが初めてだろう。


そんな美味しいスコーン、ジャム、紅茶を楽しみながら、店長とくだらない世間話をしているうちに、気づけば日が傾いて空が紅茶色になっていた。


お土産にとこの店で作っているティーバッグを手渡してくれた店長さんに別れを告げ、また今度来ようと店を出た。そして、例の同僚を駅前で発見して、その話をし、何故か白いシャツに茶色いシミがつきまくって紅茶臭いことを無視してもらいながら、次は2人で行こうと決意を固めた。こいつにも紅茶をぶっかけてもらうためにも。

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路地裏の美味しい紅茶の店 鈴音 @mesolem

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