第10話 ばたばた
「基本的にまとめた書類に書いてあるとおり、朝来て入院やホテルの子がいればそのお世話、それから軽く掃除して、診察って感じです」
「このまとめすっごく分かりやすかったです!」
「それは良かった」
ブカブカの看護服を紐で縛っているので、動きにくかったが、リーネの過ごす部屋を作った後は、入院もホテルの動物も居ないので病院内を簡単に掃除して、それから裏方の整理に当たる。
渡された資料を元に、どこに何があるのかを把握しながらさらに整えていく。
「多千花さんは凄いですね……」
「前にも言いましたが、片付いていないと我慢できない質なんです」
「気をつけます」
「先生は使ったものを元の位置に戻すことだけを求めます」
「それが一番大変な、いえ、頑張ります」
「あと、あんまりウロウロしないでください。後片付けをする場所が増えます。
そうだ、あの資料みたいにいろんな病気の飼い主様向けの説明を作ってください!
私もそれで勉強になりますし、飼い主さんもきっと助かります!
リーネの資料もすっごく助かりました!」
「なるほど、わかりました」
百山先生はそのままパソコンに向かうと猛烈な勢いで作業を開始する。
それから、午前の診察が終わるまで、外来が来ることは無かった……
「カルテ整理が終わってしまった……」
棚からはみ出したり番号が間違って入っていたカルテの棚を全て整え終わるまで、多千花は作業に集中できた……
「先生、いつもこんな感じなんですか?」
「……さ、最近は午前中、凄く暇ですね」
「やばいですね……」
「……やばいですよね?」
「たぶん……?
経営的には、まずいと思いますよ」
「ですよねー……丸八先生そういうとこ何も説明してくれなかったし……」
「鳳先生に相談したらどうですか?」
「確かに! ありがとう!」
「さて、私は掃除を続けますか……!」
動物病院の昼時間、普段は預かった動物の検査や治療、手術などに当てられる時間だ。何もなければ……何もない。
多千花は院内の清掃をしながら何がどこにあるのかをマニュアルと見比べながら覚えていく。
動物病院がカバーする病気は非常に広い、内科から外科、皮膚に歯科に眼科に泌尿器、産婦人科から循環器に腫瘍科、救急なども含めなんにでも対応していた。
それに合わせて看護の方法も変わり覚えること、知らなければいけないことは莫大になっていく。
獣医師が病気の知識を持つことも大事だが看護師さんが実際には飼い主様の声を聞いて動物と触れる。
読み進めるほどに大きな責任が多千花の肩に乗ってくる。
「大丈夫かな……私、素人でこんな世界に……」
「大丈夫ですよ、ちゃんとフォローしますから」
「あ、先生。鳳先生とは連絡取れました?」
「なんか、夜に来るって、やけに嬉しそうで」
(頼られたのが嬉しかったんだな)
なんとなく鳳の顔が浮かぶ多千花であった。
「それと、これどうですかね?」
百山がバサッと紙の束を渡してくる。
多千花が目を通すと驚く、様々な病気が分かりやすくまとめられていた。
どんな病気か、どうして病気になるのか、どんな治療法があるのか、家ではどんな事に気をつければ良いのか。
「凄い」
一飼い主である多千花も欲しい情報が分かりやすく理解が出来て、これがとても凄いものだと理解できる。そして、仕事にも間違いなく役に立つ。
百山の優秀さを今、目の前に突きつけられた思いだった。
「凄い、凄いですよ!!
ちょっと硬いので可愛くしたいですけど、これ、本当に素晴らしいです」
「そ、そんなに褒められると……」
「なんでこれを飼い主様に説明できないのか不思議です!!」
「げふっ……」
それから多千花はデータを貰って、より可愛らしい見た目に変えていく。
元データは自分の勉強のためにいつでも見られるようにする。
「先生、これ、ホームページとかSNSとかブログで使っていいですか?」
「え、ああ、もちろんいいよ」
「わかりました。忙しくなるぞー!」
それから多千花はホームページの変更や各種SNSにアカウントを作り、飼い主のための情報を発信していく手筈を整えていく。
午後の診療ではなんとか数件の患者が来院する。
お腹が緩いという主訴で便検査を行っても寄生虫や特殊な原因は考えられず、いわゆる腹下し。食事や整腸剤を使って改善させるべき症例だった。
「今回の症状は検査と合わせてこちらのことに気をつけてくださいね」
相変わらずボソボソと話す百山であったが、今は多千花がいる。
通訳のように言葉を伝え、そして作成したプリントにその要点を書き記して渡すことによって飼い主は非常に病気を理解して満足することができる診察を受けられることになった。
「ありがとうございました。ご丁寧にありがとうございます」
お会計を終えて笑顔で飼い主が帰っていく。
その当たり前のことが、百山にとっては驚きでもあったし、嬉しかった。
「ありがとうって言われた」
「そりゃそうですよ」
「怒られなかった」
「それが当たり前なんですよ」
「ありがとう多千花さん」
「先生が準備してくださったからですよ。これから頑張りましょうね」
「うん、頑張る!」
可愛い人だな。多千花は少し頬を赤らめるのであった。
ズルいですよ慧人先生!~コミュ障獣医の成功譚~ 穴の空いた靴下 @yabemodoki
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