第9話 意外な繋がり

「おはようございます」


「あら、おはよう、珍しくギリギリね?」


 スナックでは老齢の女性が多千花に声をかける。彼女が多千花の祖母の友人である金城 華 (きんじょう はな)。落ち着きのある女性で白髪のショートで着物を切る姿だけをみるとどこかの家元のような雰囲気を感じるほどだ。


「すみません、リーネのお迎えに行ってまして」


「ああ、大丈夫だったのかい?」


「お陰様で元気になりました」


「そりゃよかった。んじゃ、リーネのためにも頑張って稼いでおくれ」


「わかりました。着替えてきますね」


 バッチリメイクに黒いコート、それだけでも映える多千花だが、ドレスに着替えればその魅力を花咲かせる。


「ほんと、ケイちゃんの若い頃によく似て、華があるわね」


「華ママと二人で凄かったんですよね?」


「そうよー、私達が揃えば怖いものはなかった、あの当時はそれはもうどれほどの札束を積まれたか……」


 バブル期の夜の街の華やかさ、多千花も祖母や客から嫌というほど聞かされてきた。

 昔はその話を聞かされるのが嫌でしょうがなかったが、なぜか華ママからされると当時の情景が伝わり、ワクワクして聞けるので不快ではなくなった。


「あの頃の熱を、また皆に感じてもらいたいのよね……」


 華ママの話は自慢話ではなく、過去のキラキラした時代に対する望郷の念と今の人たちに元気を取り戻して欲しいという想いが感じられるからだった。


「さて、そのためにも働きましょ!」


「はいッ!」


 スナック華、オープン。


「ふぅ……今日もお疲れ様」


「お疲れ様でした。華ママあとは片付けとくんで先に帰ってもらって大丈夫ですよ?」


「そうね、今日は結構客足も多かったし、ちょっと疲れたわ。

 リーネちゃんもいるのに悪いわね」


「大丈夫ですよ、名医に治療してもらいましたから」


「名医、あの先生ももうちょっとシャントして喋ればちゃんときちっと診てくれるの伝わるんだろうにねぇ……」


「華ママは百山先生をしってるんですか?」


「そうね、うちのタマの治らないおしっこを治してくれたのよね」


「そうなんですね」


「前の先生の薬を辞めるように言われたときは何言ってるんだと思ったんだけど、長々と説明されて根負けして、言われたとおりにしたら……今じゃ薬も飲んでなくても落ち着いてて、それに家まで来て猫のトイレを一生懸命直してくれてね……

 見た目は野暮ったいし、どんくさいし、言葉選びも悪いし、早口だし、小声だけど、動物は好きなんだなってね」


「あ、わかります」


「前の先生はすぐ薬出してくれて楽だったって怒ってる人も多いけど、あのでっかい病院に行って逆に今の先生の方が正しいってわかったのに、バツが悪くて戻れない人も多いみたいだねぇ~」


「そうなんですね……実は、その病院で昼バイトから始めることになったんですよ」


「あら、そうなの? それなら良かったわね、流歌ちゃんがいればもう大丈夫だわ」


「そうですかね?」


「大丈夫大丈夫、ネコ仲間にも伝えておくよ。

 それじゃ、先に上がらせてもらうよ」


「はい、お疲れ様です。鍵はいつものところにおいておきますね」


「はいよ、お疲れさん」


「お疲れ様です!」


 華ママが帰った後、店内を綺麗に掃除して洗い物を片付けて、戸締まりをする。

 外階段をカンカンと登れば、多千花が暮らしている部屋だ。

 華ママのスナックの二階、そこが多千花の家だった。


「ただいまー」


 時間は2痔。これが彼女の普通の一日だ。


「明日は……初出勤か……」


 シャワーを浴びながらメイクと今日の疲れを流していく。

 心の中は、明日を楽しみにしている自分がいることを気がついていた。

 その証拠に風呂上がりにいつも使っているボディークリームではなく、昔客からもらった高級な奴を開けていた。

 やはり良いものは違うなぁ……昔はこういった物をよく使っていたが、今はコンビニでも手に入る、だからといって悪くはない、物を使っていたので、久しぶりの高級品の使い心地に感動していた。


「別に、初めてだから印象を良くしておきたいっていう当たり前のことだから」


 普段はそこまでしない使い捨てのパックを使いながら言い訳を言っても説得力はなかった。

 リーネはそんな飼い主のそばでスースーと寝息を立てて丸くなっていた。

 布団に入っても、多千花は緊張からしばらく寝付けなかった……


 朝起きて昨日もらった書類に目を通していたらいつの間にか働く時間が迫っていた。本当は気合を入れて準備をするつもりが、想定外にスピード重視の準備になってしまった。


「ごめんなさい、リーネと一緒に行っていいですか!?」


「ああ、もちろん構いませんよ」


 リーネの事も失念していて、本当にバタバタの準備になってしまった。

 

「すみません! 遅くなりました!」


「え、いや、まだ時間前だよ?」


「あ、はい、そう、ですね。なんか、30分前は当たり前かと思って……」


「いやいや、30分も前に来てもそんなにやることないから。それに時給も発生しちゃうし、時間通りに働き始めればいいよ」


「そうですか……」


「それと、これをどうぞ」


 百山は可愛いエプロンを多千花に手渡す。

 

「一応スタッフ用のユニフォームあるんだけど、これはバイトの子用ってことで」


 しかし、百山は理解していなかった。

 スタイルが良いと、看護服を合わせることが難しいということを……


「これしか、入らなかったです……」


「……ブカブカだね。これは注文しないとだめだね。仕方ないから今日はそれで我慢してもらって、これがカタログだから合うやつを注文してもらっていいかな」


「わかりました……」


オーバーサイズの制服に可愛らしいエプロン。

多千花の動物看護師デビューは、ちぐはぐな形で始まるのであった。


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