第8話 片付けと片付けと片付けと

「すぐ片付けましょう。私、我慢出来ないんで」


「え、でも」


「でもじゃないんです。私が明日来てこうなってたら、やる気が無くなります」


「ご、ごめんなさい」


 多千花は、幼少の頃片付いていない場所を見つかると激しく指導を受けていたために、片付けには非常に強い意志があった。

 場に出ているアイテムを把握し、百山に使用用途を聴き、用途ごとに分類し、いくつかのグループを作る。

 それから収納場所も同様にグループを作り、使用頻度順に取り出しやすい場所にしまっていく。

 最後に外から一発で何が入っているのかをわかるように収納に名札をつけてあげる。

 片付けることが苦手な妹のために編み出した鉄板の収納方法だ。

 そして、壁に大きく紙を貼った。

 そこにはこう書かれていた。


『出して使ったら、すぐにあった場所に戻すこと!!

 絶対にこのルールを破るべからず!!』


「百山先生」


「は、はいっ!!」


 多千花の声が、場を凍りつかせるほどに冷たい。


「このルールは、血の掟です……決して、決して破らないでくださいね」


「も、もし、破ったら?」


 多千花は、その質問には言葉で答えず、ニッコリと笑顔で答えた。

 その笑顔を見た百山は、魂に誓った。

 絶対にこのルールだけは守ろうと……


「ふぅ、細かなところはまだですが、結構これで使いやすく成ったと思います」


「す、すごいよ多千花さん!」


 院内が、まるで病院のように綺麗に整えられた。


「百山先生は、ここ以外絶対に触れないでください。

 明日から私が把握して全部百山先生でも維持できるように作り変えます」


「は、はい!!」


「えーっと、明日は何時に来ればいいですか?」


「8時半から診療なんで……今、入院もホテルも居ないから……」


「8時に来ます」


「わ、わかりました! あ、そうだ……もしよかったらこれ……」


 おずおずと書類の束から取り出したファイルには、看護師仕事概要と書かれていた。

 開いてみると、看護師としての一日の仕事が、事細かに書き込まれていた。

 情報量は多いが、どれも大事なことで、素人である多千花にとっては非常にありがたかった。


「すごいですねこれ……教科書ですか?」


「いろんな教科書と実際の仕事と合わせてまとめてみた」


「本当に凄いです。ありがとうございます」


「それと、動物病院で働く上で役に立つだろうと思った物まとめたのもあるんだけど、印刷したら大変なことになるから……」


「だったらSENでグループ作ってそこに上げてください」


「SEN……?」


「先生スマホ、持ってなかったりします?」


「いや、ある。はい」


 まるで初期状態のスマホ、使われた形跡がない。


「あ、あるじゃないですか! 先生これです、友達申請しますね」


 ブルブル友人申請して、同じグループで掛縁動物診療科グループを作る。


「そういえばずいぶん前に廻に無理やり入れさせられたやつか……」


「パソコン上でも使えるんで、そっちにも入れれば簡単にファイルをアップできますから、それで私も見られるようになります」


「ああ、そういう機能があるんですね。それは便利ですね」


 百山はパソコンからファイルをアップロードする。

 それに目を通した多千花は驚いてしまう。

 専門的な病気の情報がたくさん乗っているにも関わらず、きちんと誰にでも理解できるように順序立てて説明が加えられて、非常に分かりやすかった。


「せ、先生。これ上手く使えば飼い主への説明に絶対役に立ちますよ」


「あ、うん。そう言われて、作ってみたんだ」


「……ちょっと待ってください。あの話をしてまだ一週間も立ってないですよね」


「病院は暇だし、他にやることもなかったから……」


「す、凄い……」


 やはり、百山は只者ではない。多千花はそう確信した。


「うわ、もうこんな時間、ミーナちゃんも夜ご飯食べないと、それに多千花さんもこんな時間まで……申し訳ないです」


「あ、ほんとうだ。それじゃあ今日は帰ります。ミーナを助けてくださって本当にありがとうございました。明日からよろしくお願いしますね」


「もう暗いので送りますよ?」


「え、あ、い、いや! 近いのでダイジョブでっす!!」


「いや、でも……」


「大丈夫です! 失礼しました!」


 多千花は逃げるように病院から飛び出してしまった。


「明日からお願いします!!」


 背後から嬉しそうにぶんぶんと手を振る百山に、手を振り返す。

 確かに街はすっかり暗くなっていた。

 リーネを抱っこしながら、多千花は帰路につく。

 頬が熱い。

 あんなに素直に嬉しそうに笑う百山の笑顔、それと、あのまとめから感じる凄さ、それにあのどうしようもない日常生活。

 ギャップの洪水に多千花の精神は激しく揺さぶられまくっていた。


「はぁ……明日から、身体持つかな……、って、急がないと仕事遅れちゃう」


 多千花は昼の仕事以外に夜スナックで働いていた。

 そのスナックの大ママは多千花の祖母の友人。

 多千花が祖母の店でのトラブルで街に居られなくなり、行くあてもなかった時に友人として祖母の孫を助けるという純粋な気持ちで助けてくれた。

 皮肉な話だが、祖母よりも、祖母の友人の方が多千花姉妹に取っては優しくしてくれた。今のスナックの手伝いも言われて無理やり働いているわけではなく、多千花がなにか恩を返したいと働いているだけだった。


 リーネを家に置いて指示されていることを守ってゆっくりと休ませる。


「ごめんね、仕事してくるね」


 今、妹は泊まり込みの仕事を始めている。

 一人にするのは不安だったが、大丈夫と判断して退院をさせてくれた百山先生を信頼している。


 多千花が準備をして扉を開けると、まるで夜の街に蝶が舞い降りたかのように華が咲くのだった……



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