第7話 アルバイト
「こんにちはー」
掛縁動物診療科はいつもどおり、誰も居なかった。
多千花は内心大丈夫かな? と思ったが、これから手伝いを通して百山の良さを皆に知ってもらえたら良いなと考え、すでに長く働いて二人でこの動物病院を繁盛させようと、まるで妻のような考えになっている自分の分かりやすく浮ついている気持ちに気がついて咳払いをする。
「ただのバイトなのに、ね」
しばらくするといくつかの何かが倒れる音がして百山が待合室に現れる。
「すみません、おまたせしました」
「いえいえ、えーっと先にリーネの話ですよね?」
「あっ、そうでした。すみません、診察室でお待ち下さい!」
慌てて引き返そうとして派手にドアに激突した。
その様子に苦笑いしながら診察室で待つことにした。
「たぶん、次は静かに来るはず」
多千花の予想通りリーネと共に静かに診察室に入ってきた。
リーネは多千花の姿を見つけると嬉しそうに笑顔になりしっぽを振っている。
「なんか、前より元気になってる気がします」
「子宮蓄膿症ははっきりとした症状を出さないこともあるので、発見が遅れる場合があります。体温の上昇や腹部膨満、それと飲水量の増加、未避妊のメスであり高齢であれば更に可能性を考えなければいけません。若い時に避妊手術を獣医師が勧める理由の一つにこういった子宮疾患の予防になるからといった理由もあります。それ以外にも初回発情、もしくは二回目の発情前に避妊手術をすることで乳腺腫瘍を発生をかなりの確率で抑えられる事も理由に上げられます。また、満たすことが出来ない発情に伴う性情動、それに伴う行動変化など、自然ではないとおっしゃる方も居ますが、そもそも飼育している事自体が自然な状態とかけ離れており、動物を人間の都合で飼育しているのですから、その責任として避妊手術を行うという考え方もあると思います。我々はどうしても手術をしないで病気となった動物を高齢だったり、病気で状態が悪かったり、今回のように本当に命がけの問題となってから手術を行うよりも、若く健康なうちに、しっかりとした準備と管理のもとに手術を行うほうがいいと考えています。少なくとも私は。お金の問題で手術をしない人間は論外です。動物を飼う資格はないです自分の都合で動物を飼育し、その飼育者責任を果たせないなんてどんなロジックで正当化するのか理解に苦しみます」
「おっしゃるとおりだと思います」
自分の無知ゆえにリーネを苦しめてしまっただけに、響く言葉だった。とんでもない早口だったが。
「これからは予防もしっかりやっていきます。
突然一緒になったけど、家族ですからね」
「今後は子宮内にあった膿の培養結果しだいで飲み薬は変わるかもしれませんが、こちらが抗生物質、消炎鎮痛剤、胃粘膜保護薬となります。投薬中に異常を感じた場合は直ぐに連絡をしてください。自分の判断で投薬を中止したり、逆に状態がおかしいのに投薬を継続したりはしないでください。異常とはどんな状態ですかと聞く方が居ますが、異常は異常です。いつもと違うなと感じたらまずは相談してください。投薬が出来ない場合も必ず相談してください。ここまで言ってもなぜか一週間とかが経過してから薬が飲めなくて元気になってないとか飲ませたら下痢になったけど全部飲ませてきたり、飲ませても全然状態が良くならないでどんどん悪くなっているけど大丈夫か?なんて聞いたりしてくる方が居ますが、異常だと感じたらその場ですぐにご連絡ください」
「はい。わかりました」
多千花は、段々と働くのが怖くなってきていた。
百山は物凄い早口ではあるものの別に怒りや悪意なんて全く無く、ただ動物のために説明しているだけだと、多千花ならばわかるが、これをまくし立てられると、辛いと感じる人のことは物凄く理解できた。
「先生」
「はい?」
「この間いただいたプリントみたいに、注意事項を事前にプリントしておいて渡してもらえると、飼い主的には嬉しいなぁ~って思ったり……」
「なるほど、それは素晴らしいアイデアですね。
よし早速作りましょう」
百山は裏に向かって歩き出そうとする。思い立ったら即行動、いいことではあるが、この場合は問題が残る。
「せ、先生! 私のアルバイトの話を」
「あ、そうでした。働いていただけるということで、昼に廻、あ、鳳先生からも連絡が来て、時給は1200円ということで」
「あ、嬉しい。ちょっと昇給だ」
「それは良かったです。でも、看護師という仕事に対して、安いですよね。
動物とはいえ、命に関わるのに。でも、獣医師って儲からないんですよ」
「そ、そうなんですね」
「特に、このままいくと、私は院長先生にまたクビに……」
「大丈夫ですよ!」
「へ?」
「私が百山先生を助けますから!」
「あ、ありがとうございます!!」
隠された髪の下の表情もわかってしまうほど、満面の喜びを表す百山、こういうところだぞと多千花は心のなかでツッコミを入れた。
「えーっと、そうしたら、どうしますか? このまま院内を案内したり、来れる日を打ち合わせしますか? リーネちゃんを一旦家に返しても」
「このまま話しちゃいましょう! 明日からもバリバリ働けますから!」
「ほ、本当ですか! 助かります!! もう、裏がひどいことになってきて、もうどうすればいいのか困ってたんですよ!」
「この間はそこまで変じゃなかったでしたが……?」
「いや、あの日から一人で、物がどこにあるか確認しようとしてたら、気がつけば……」
裏に通された多千花は絶句した。
そこには、全ての引き出しが開けられ、中身が散乱し、地獄絵図が広がっていたからだ。
「……初仕事は、片付けですね」
百山への憧れメーターが音を立てて0近くまで下がった多千花であった。
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