第6話 決別

 あのセクハラ店長から開放され、動物病院で働くことを想像した多千花の行動は早かった。

 まずはスタッフ全体への根回し。これは皆仕方がないと賛同してくれた。

 店長の多千花へのセクハラは他の店員から見ても度を越していた。

「応援するよー」「やりたいこと見つけたられて良かったね! 頑張ってー!」バイトの仲間と言ってもそこまで仲が良くなかったが、こうして励まされると非常に心強かった。


「一身上の都合により、今月で仕事を辞めさせてもらいます」


「え? なんで? どーして?」


 ラインでやり取りをすれば地獄が見えたので、はっきりと辞意を伝えに職場に来たが、多千花の目の前でわたわたしているのが村田 渡むらた わたる41歳 既婚。

 自分ではぽっちゃりと言ってるけど、まぁ、ふくよかな身体はしている。


「理由は働きたいと思う仕事に出会えたからです」


「え、コンビニ辞めちゃうの? なんで?」


「だから、働きたいと思う仕事に出会えたのでそこに就職します」


「え? 何の仕事? コンビニよりいいの?」


「そう判断したので辞めさせていただきます」


「いや、えー、そんな、困るよーシフトだってあるし」


「シフトに関しては他の従業員にも相談してきちんと引き継いでもらっています。

 しかも店長、私のシフト、過剰に入れて、他の人のシフト減らしているそうですね……聞いていたのと違います」


「え、いや、そんなことは……」


「もう全員に話を聞きましたから。そういうことで、今入っているどうしても変われないシフトだけ出て、今月で辞めさせていただきますので」


「えー、嫌だって、ほら、食事に行く約束とかどうすれば?」


「私は店長と食事に行く約束をしたことはありません。

 それと、先に行っておきますが、業務終了後私にメッセージなどを送るようなことはしないでください。ただでさえ仕事と関係のない連絡が頻繁に来て、迷惑だったので!」


「そんなぁ~」


「それでは、今日はそれだけ伝えに来ました。失礼いたします」


「あ、そうしたら送ってくよ~」


「結構です!」


 多千花は足早に部屋を出て、静かに扉を閉めた。


「はあー……」


 外に出て多千花は思いっきり身体を伸ばした。

 自分で考えているより、あの店長と働くことはストレスだったらしく、気持ちが晴れやかになっていることを感じる。正直、面と向かって隠すこと無い下心を裏でも思っているので、素直な人であることは認めなくはないと思ったりはした。

 そんなことよりも、今はやりたいことがあった。


「早速連絡しよう」


 多千花は掛縁動物病院に連絡をする。


「あ、か、掛縁動物びょ、診療科です」


「百山先生こんにちは、多千花です」


「ああ、多千花さん。ミーアちゃんはすごく元気になって今日退院できそうですよ」


「よかったです。それと、先生のところで働くって話なんですけど」


「あ、ああ、はい」


「もしよろしければ、バイトという形で働かせていただいてもいいですか?」


「も、もちろんですよ! ありがとうございます!!」


「午後にミーアを迎えに行くので、その時にまた働く日なんかを打ち合わせしたいのですが、よろしいですか?」


「もちろんですよ、あーよかったー。それじゃあ午後にお待ちしてますっ!」


「はい、それでは失礼します」


 自分のことで嬉しそうにしてくれる百山の態度に、多千花は心から辞めてよかったと感じた。

 その直後、その気持のいい感情は、無へと変化した。


「流歌ちゃん💕急に辞めるなんて言うから😭びっくりしちゃった😲❗

 さっきはちゃんと話せなかったけど😘ちゃんと話せばわかってもらえると思うんだ😁今晩とかはどうかな❓僕は焼肉🥩食べたい気分なんだけど😍

 連絡待ってます😘」


 要約すればこんな感じの長文が連打され、大切な気持ちを踏みにじられた。

 そっとブロックをし、全員が見られる場所に返信する。


「個人の場所にメッセージを送ることは辞めてもらうように伝えたはずです、これ以上は警察に相談します。私の辞意は変わりません。お世話になりました。

 スタッフの皆様も短い間でしたが一緒に働けて本当に楽しかったです。

 いろいろとご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いいたします」


「店長多千花さん困らせちゃ駄目だよ」


「がんばってねー」


「応援してるからねー」


 スタッフからは温かいコメントを貰えたが、店長からのコメントは、短く。


「わかりました」


 だけだった。こういうパターンは危ないんだよな。と思っている。

 彼女も幾度も修羅場は通ってきている。

 用心に越したことはない。

 まずは家に帰っていつものジーパンとトレーナー姿から、きちんとおしゃれをしなければならなかった。


「いや、まだ、その飼主さんポジションでチヤホヤされたいとかそんな感じなだけなんだから……」


 いつもは買わない明るい新色のグロスを大事そうに抱えて帰宅する彼女のセリフに説得力は無かった。






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