第5話 友人
「おーい! 慧人! いるんだろー!?」
「な、なんで……? す、すみません、ちょっと一緒にいてください」
「あ、はい」
百山は慌てて診察室から待合室に出ていく。
「おー、本当にいた! なんだよ、こんな近くに来るなら俺には知らせろよ!」
「いや、いろいろ忙しくて、急だったし……って、そういえば、なんで俺のこと知ってるんだよ!」
「まぁ、この業界狭いじゃん?」
「そうだけどさ……」
「実を言えば丸八先生のとこからの転院の様子がおかしくてさ、調べたら慧人がいるんだもん驚いたぜ! 若狭先生も心配してたぜー。いやー、なんかバイプレ転院かと思ったらしっかりと検査して診断治療完璧なのに転院とか変だなーって思ったけど、慧人なら納得だ。相変わらず、説明下手だなぁ」
「あのな、今、飼い主様いるからそういう話でかい声ですんな!」
「え、まじ。悪い。大丈夫か? なんか込み入った説明あるなら手伝おうか?」
「大丈夫、あー、心配かけたくないから知らせなかったのに……」
「おっ、なんだ、可愛いやつだな。心配するんなよ、助けてほしければ言ってくれ、ちゃんとわきまえて助ける」
「いや、あのときは俺が悪かったんだし……」
「ま、その話は、まあいいや。飼い主様またせてるんだろ?
裏で待たせてもらっていいか?」
「ああ、のんびりしててくれ、と言っても俺の病院じゃないけど」
多千花は驚いていた。百山が普通の声のトーンで普通の人みたいに話している。
どんな相手なのか気になって仕方がなくて、気がつけばリーネを抱いて待合室から顔を出していた。
そこにはわかりやすく爽やかなイケメンが百山と楽しそうにじゃれていた。
そういう属性はない多千花でも、ちょっと、ぐっと来た。
「あのー、私そろそろ帰りますので……」
「あ、す、すみません」
「騒ぎ立てて申し訳ございません。彼とは友人で、近くの鳳(おおとり)動物総合医療センターの獣医師の廻(めぐる)といいます。彼の腕は私も保証しますから、安心してご家族をおまかせしてください」
「おい、やめろ」
なんだろ、少女漫画に出てきそうな生徒会長キャラ? 振る舞い、口調、どれもなんというか、完璧だった。
そんな人間におだてられて照れくさそうに髪をかきあげている百山とのツーショットは、多千花にとって、眼福であった。
そして、何より多千花を驚かせたのは、このイケメン獣医師もまた、表裏がなく、自分に対して礼節を持って対応をしてくれていた。
「もう、百山先生には家族を助けてもらったので……」
「た、多千花さんもあまりからかわないでください、コイツ、面白がるんで」
「仲がよろしいんですね」
「まぁ、大学の時から、こんな自分と仲良くしてくれている、変わったやつです」
「変わっただなんて言ったら悪いじゃないですか、素敵なお友達なんですから」
多千花は心の底からそう思った。自分には友と言えるような人間は居ない。
仲良さげに話す二人が、少し眩しいくらいだ。
そんな多千花を鳳は不思議そうに眺めている。
「多千花さんでしたか……慧人、百山先生と、普通に話せるんですね?」
多千花は、ほんの少し警戒した、疑問に思っているだけの気持ちにほんの僅かな敵意? までは至らないような気持ちが混じっていたからだ。
「あ、はい。声とか聞き取るのは得意なんで」
「そうでしたか、いや、凄いな。百山先生はよほど頑張って仲良くならないとちゃんと話してくれませんからね、私も苦労しました」
「やめろよ……今、そんな話しなくてもいいだろ……」
嫉妬だこれ!! 多千花の心に萌えが湧き上がった。
ちょっと悔しかったんだ!
鳳の心情の意味に気がついた多千花は、悶そうになったが、ぐっと我慢した。
「そ、そうだ、百山先生、お支払いのことを」
「あ、そうでしたね。すみません。ほら、裏に行っててくれ」
「わかったわかった。橘さんもワンちゃんもお大事になさってください」
「ありがとうございます」
うん、完璧超人先生だな。多千花はそう思った。
それから百山は明細を持って診察室に戻ってきた。
その明細に目を通して、多千花は驚いてしまった。
「安すぎませんか?」
「いや、手術の手伝いまでさせてしまいましたから」
「それにしても……」
彼女が調べた相場の四分の一程度の金額が提示されていた。
「手術を手伝わせた?」
奥から鳳先生が顔を出した。
「おい、廻!」
「どういうこと? 動物看護師さんなんですか?」
「い、いえ、ただ言われるがままに……」
「カルテ見たけど、パイオだろ、多千花さん、手術を見てどう感じました?」
「え、いや、その、生命って凄いなって」
「慧人の手技はどうでした?」
「廻、いい加減にしろってば」
「凄く、綺麗でした……はい。凄いなって思いました」
「……多千花さん、今お仕事は?」
「え? あの、昼は、コンビニで、夜は、知り合いのお店を手伝っています……」
突然口調が真面目になり、そこから伝わる気持ちも真剣そのものだったので多千花は正直に答えてしまった。
「慧人、ちょっとこっちこい」
「なんだよ廻、す、すみません多千花さん、お待ち下さい」
それから二人で奥に入ってしまった。
声を潜めて話しているのか、流石に内容は聞こえてこなかった。
「なんの話ししてるんだろうねーリーネ?」
リーネは嬉しそうに抱っこされ、話しかける飼い主の顔を嬉しそうに見上げている。
「はぁ!? そんなの無理だろ!」
「無理かどうかは聞いて見なくちゃわからないだろ?」
「いや、相手だって選ぶ権利が……」
「なら俺が聞いてやる、困ってるんだろ? なりふりかまってられる状態か!?」
「いや、そうだけども」
二人の言い争うようなやり取りの後に、診察室の扉が開いて、鳳先生が立っている。
「多千花さん、頼みがあります」
「いや、流石に俺が言うよ! えーっと、その、もしよかったらというか、そのご迷惑でなかったら、その、あーっと急な話だとは思うんですが、実は、当院、恥ずかしながら看護師さんが辞めてしまって自分独りでして、もし良かったら、その、仕事のお手伝いをしたりしていただけたりしないかなと……?」
多千花は、どきりとした。
この場で働くことを考えたら、胸がワクワクするのが自分でもわかった。
「慧人の話が聞けて、しかも初めての手術に物怖じしない、そして、命に対する敬意もある。こんな人材逃したら絶対に彼は後悔します。俺がこいつのことは保証するんで、どうか助けてやってください」
鳳先生が頭を下げる。本当に百山先生のことを心配しているし、多千花のことを高く評価してくれていることが伝わっていた。
「えっと、ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」
「え? も、もちろんです」
「ありがとうございます!」
「いや、その、私も興味はあったりしたので、ただ、今のところも辞めないと行けないし、あっ、その夜の仕事は、ちょっと続けたいので副業的なものは……?」
「全然問題なしです! な? 慧人」
「あ、はい。問題ないです。って……丸八先生にも確認しないとな……」
「それは今から俺が話しつけてきてやる。任せとけ」
「なんで廻が?」
「大丈夫、丸八先生には貸しが山のようにあるから……良かったな! 慧人!
多千花さん、こいつ、誤解されやすいんですけど、ほんとーーーーーーに良いやつなんで、それに、獣医師としても非常に優秀で、絶対にもっと評価されるべきなんです」
鳳先生は、百山先生の本当の親友なんだな。そして、こんなにいい人が近くに居て、百山先生は幸せだな。多千花は、二人が眩しかった。
「や、やめろよ!」
あー照れてる百山先生可愛すぎるー……と、多千花は思っていた。
そして、同時に決めていた。
あのセクハラ店長に辞めると伝えることを……
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